我々の日々の生活に最も身近な存在として関係がある乗り物といえば、いうまでもなく誰もが車を第一に挙げるであろう。過去半世紀の間の車社会の発展には目を瞠るものがあり、我々は直接的、間接的にその恩恵を日々享受している。しかし、その反面、交通事故による死者数は昭和45年、我が国の交通史上、最悪の16,765人を記録し、事故発生件数や負傷者数も、前者では平成16年のこれまた、過去最悪となる952,191件、後者でも同様平成16年の1,183,120人を記録した。その後、紆余曲折があったものの交通安全に関係する産学官民の専門家、行政担当者、実務者などの密接かつ積極的な取り組みのおかげで、平成4年以降死者数については9年連続して減少し、平成21年度には57年ぶりに4,914人となり、発生件数は736,688件、負傷者数は910,115人に留まっていることは喜ばしい限りである。
 近年、車を含む交通に関わるあらゆる乗り物の利用時における利用者の安全や安心が、自動化、IT化、ロボット化技術の発展とともに大きく前進をし事故防止に貢献をしているが、その反面、複雑化する機器システムに対する理解度の低下や機械依存型利用者の増加や高年齢運転者の増加にともない従来予想だにしなかった新たな問題も出現しつつあり、それらへの対策や再教育、再訓練方法の構築を含めた教育や訓練方法の見直しが必要となっている。また、運転の監視的作業化にともなう操作者の倦怠感や単調感の増加がもたらす覚醒水準の低下対策などは、利用者や使用者としての人間の安全や安心の向上のみならず、走行環境や地球環境にとってより優しい乗り物社会を実現させるためにも取り組み、解決しなければならない問題である。
 従来、多くの先人達による交通に係る種々な専門書が発刊されている。この『交通の百科事典』の目的とするとことろは、我が国においては性別に関係なく人生80年型のライフサイクルが確実なものとなりつつある現在、充実感や満足感、安心感に裏づけされた豊かな心をもって日々の生活を送ることを求めている我々にとって、交通に関する種々な知識を広く分野を超えて総合的かつ横断的に共有し、理解することも必要不可欠な要素と考え、その実現を目的としたものである。
 本事典の企画、編集にあたっては、昭和37年2月に日本交通医学協議会として発足しその後、昭和40年2月に(社)日本交通科学協議会と改名して公益法人として正式に発足した学会の編集委員会の委員がその中心的役割を果たしている。編集に際しては、全般的、個別的に編集委員と執筆者の方々があらかじめ意見交換を行い、経験豊富な専門的立場からの貴重な発送も取り入れられている。本書の根幹となる内容としては、陸、海、空の交通システムにつき、種々な目的でこれと関わるヒトをシステムの中心に置いた際のシステム利用時における心の豊かさ感や満足感、集団としての社会生活、個人としての日常生活、快適性、安全と安心、精神的負担と労働衛生環境、身体的負担と運転効率、健康や障害対策と回復支援などとの関係に分類し、これらの分類の中で現在および将来にわたって有意義であり、需要と考えられる項目を限られた頁数の中でできるだけ広範囲に選び豊富な内容として解説し、まとめていただいた。御協力をいただいた執筆者はいずれも執筆の当該領域に精通される研究、教育、管理を含めた実務等の第一線で活躍をされている方々である。よって交通問題に種々な立場より関わりをもっている研究者、教育者、行政者、経営者や管理者の方々はもとより高校生や大学生、さらには各種交通機関を利用している方々にも広く利用していただけるものと確信している。

 (編集委員を代表して 大久保 堯夫)
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