遺伝学の百科事典 〜継承と多様性の源〜
はじめに(一部抜粋)
遺伝学は生命の継承メカニズムと多様性を研究する学問です.現在の生命科学は,DNAや遺伝子の研究はもちろん,最新のゲノム編集やiPS技術,食糧生産,気候変動が生物多様性に与える影響の研究まで,遺伝学にその基礎をおいています.

現在の遺伝学が登場する以前,遺伝現象は生物の精子や卵のイメージから液体性の「何らかの情報」が親から子に混ざって伝わる,例えば青と赤が混ざって紫になるような感覚で捉えられていました.しかし「遺伝学の父」と称されるオーストリアのG.J.メンデルのエンドウマメの研究(1865年)により,以降の世代で再び青や赤が規則的に出現する,決して混ざり合わない「粒子性の遺伝物質」の存在,および「遺伝の法則」が示唆されました.

その後1900年代に入って,示唆された遺伝様式と挙動が一致する染色体が発見され,さらに遺伝物質としてDNA,その発現様式として遺伝暗号が解かれ,2004年にはヒトの遺伝情報(ゲノム)が解読されました.メンデルの発見からここに至るまでわずか140年です.遺伝学は凄まじい勢いで発展し,生物の世界観を一変した学問と言っても言い過ぎではないでしょう.

日本の遺伝学も負けてはいません.本文にもあるように,江戸時代に鑑賞目的として栽培されていたアサガオでは,現在で言うところのトランスポゾンによる変異株の収集が行われていました.ただ残念なことにそれらを学問として意味づけることはしてきませんでした.

日本で学問としての遺伝学が本格的に始まったのは,1900年代に入ってからです.当時の先見の明がある日本の学者たちは,欧米で話題になっていたジェネティクス(遺伝と多様性の学問)の重要性に気づき,すぐに我が国も取り入れなければという信念のもとに1915年に日本育種学会(現在の日本育種学会とは別組織)を立ち上げ,その5年後の1920年に日本遺伝学会と名称を改めました.さらに日本遺伝学会が中心となり政府に働きかけ,静岡県三島市に国立遺伝学研究所を設立しました(1949年).

このように日本の遺伝学,生命科学の中心を担ってきた日本遺伝学会は,2020年に100周年迎えました.当時会長を務めていた小林が発案し,100周年記念事業として本書『遺伝学の百科事典』を上梓いたします.執筆者は遺伝学会の会員にとどまらず,2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞された大隅良典先生をはじめ,日本を代表する若手,中堅,シニアの研究者の方々 291名が担当しました.また,遺伝学会で長年活躍され,現在公益財団法人遺伝学普及会シニア科学アカデミー会長の池村淑道先生が,企画・構成で中心的な役割を担いました.日本の遺伝学の知を結集することで,本書の出来栄えは70年前に国立遺伝学研究所を作った時と同様,研究にかける熱い魂そのままに骨太な読み応えのある事典となっています.

用語は原則として,2021年3月発行の『改訂 遺伝単』(日本遺伝学会監修・編,NTS出版)に準拠しています.詳しくは「遺伝学用語」の項目をご参照ください.

特に遺伝学会が中心となり問題点を指摘してきた遺伝学用語「優性・劣性」は,より正確で中立な「顕性・潜性」に変更されています.「顕性・潜性」は2021年度から学校の教科書でも使われるようになりました.

本書の内容の特徴としては,各項目において可能な限り日本の研究者の貢献も紹介しました.人名索引をご覧いただくとその数の多さが実感できます.また付録として美しい「系統分類」と最新の「遺伝学年表」を載せました.年表作成では必要に応じて原書などにもあたり,現在最も信頼できる年表と自信を持っております.また日本の遺伝学の歴史という意味をこめ,日本遺伝学会賞(1983年より日本遺伝学木原賞に名称変更)の受賞者一覧もつけています.受賞者には2名のノーベル賞受賞者も含まれます.

執筆者および編集委員会を代表して
小林 武彦
(2017-2020年 日本遺伝学会長)
令和3年12月 吉日
 
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