発刊にあたって

 超精密加工とは、鏡面状態の仕上げ面粗さと同時に、高度の形状精度が要求される加工である。通常、粗さの極めて小さい仕上げ面を得ようとする場合には、ポリッシングのような研磨加工が適用される。しかし研磨加工は、球面や平面のような幾何学的にシンプルな面には有効であるが、円筒面や非球面のような複雑な形状の創成には適さない。このような複雑な形状の創成は、基本的に、工具の運動軌跡の正確な転写に因らざるを得ない。
 工具の運動軌跡の転写によって非常に高精度の形状を創成しようとする場合、転写性の高い加工法が望ましい。ダイヤモンドバイトを用いた超精密切削は、転写性の極めて高い加工法である。しかし、基本的にアルミニウムや無電解ニッケルのような軟質材料しか切削できない、という致命的な欠点がある。研削加工も超精密ダイヤモンド切削と並んで転写性の高い加工法であるが、鏡面加工という点では解決しなければならない多くの難問を抱えている。そこで、粒径10?m以下のごく微粒のダイヤモンドホイールを用いて、高精度の形状と同時に鏡面加工を達成しようというのが、筆者等の超精密研削の考え方である。 我が国の経済不況が深刻化し始めた1992年(平成4年)11月、筆者を委員長として、(社)精密工学会 産学協同研究協議会に「極微粒ダイヤモンドホイールを用いた超精密鏡面研削に関する研究協力分科会」が設立された。当分科会には、25社の企業と11名の学官側委員が参加し、4年の研究期間を経て、1996年3月に終了した。
 その成果をベースにして、1999年11月に、「加工の高速化および超精密化に関する研究協力分科会」(参加企業41社、学官側委員12名)が発足し、超高速研削や超精密研削、単結晶シリコンの超精密切削、搬送波を利用した小型金型の研磨、超音波型彫り加工の研究等を研究テーマにして、2001年3月まで活動した。
 そして2002年4月には「21世紀のもの造りを支える先進加工技術の開発に関する研究協力分科会」へと発展した。この間、1999年には「パラレル研削方式による高精度非球面光学素子創成技術の研究開発」(総括研究代表者:筆者)がNEDOのベンチャー企業支援型地域コンソーシアム研究開発として採択されたこともあって、第三次の研究分科会のテーマは、非球面加工を中心にしたものになった。
 本書は、これらの研究成果をベースにし、現在、最先端の超精密加工として加工現場で関心の高い非球面加工を主テーマにしてまとめたものである。特に、“加工現場で、すぐに役立つ参考書”を心がけ、工具と加工機と計測装置に関しては、それぞれのメーカの専門家に執筆を依頼した。
 現在、我が国の物づくりの現場は、低労働コストの中国などに押されて、非常に厳しい状況にある。単なるコスト競争ではとうていこれらの諸国に太刀打ちできない。これらの諸国と共存して行くには、より高度の加工技術を身につけなければならないであろう。それこそ、先進国の宿命である。その点で、超精密加工、そしてその応用である非球面加工は、最先端の加工技術である。本書が、超精密加工に携わる技術者の問題解決に少しでも役立てば幸甚である。
 最後に、出版の機会を与えて下さった(株)エヌ・ティー・エスの代表取締役社長 吉田 隆氏、そして本書の編集に献身的な協力をいただいた編集企画部の臼井唯伸氏はじめ関係各位に心から感謝申し上げる。
平成16年7月  仙台にて 東北大学 名誉教授  庄司 克雄
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