発刊にあたって

 米国ノースウェスタン大学の今は亡きジミー・クオン博士から,私の恩師である井上教授のもとに1通の招待状が届いた。「米国の大学で,大気汚染あるいは廃棄物問題を専攻する学生には奨学金を給付する」との話であった。当時,日本では四日市ぜんそくなどが注目され,大気汚染が大きな社会問題になっていた時期であった。しかし,私は廃棄物問題に取り組むことにして米国の大学より奨学金の給付を受け,廃棄物の研究に携わることとした。時は,1965年のことであった。
 米国では,ちょうど1965年に廃棄物処理法“Waste Disposal Act”が施行され,その最初の取組みの一つが廃棄物処理分野での人材養成であった。米国環境保護局(EPA・ Environmental Protection Agency)からはいくつかの大学に人材養成基金が配分されることになり,米国イリノイの名門ノースウェスタン大学もこの研究基金を申請し,私はその第1号の研修生となったのである。
 私は,廃棄物処理でも最も費用のかさむとされる収集・運搬の効率化に関する課題に
取り組んだ。
 米国は,人材養成を国として推進すべき最も重要な事項の一つとして早くから取り組み,そのためのテキストが充実していた。当時は,“Refuse Collection Practice”,“Waste Disposal”といった本を廃棄物処理のバイブルとして読んだものである。
 日本とアメリカを比べれば,そもそも土地の大きさがごみの量や質,処理・処分に影響している。アメリカやカナダは土地が広いために,リサイクルが効率的に行われない。例えば,ビールびんも販売されたところから製造事業所に返却するのが非効率であるため,日本のように再使用タイプのびんは使われず,使い捨ての小さなガラス容器で売られている。したがって,廃棄物の排出量も1人当たりにすると日本の2倍近くにもなる。
 処理・処分を見ても,「メガランドフィル」(百万トン規模の埋立処分場の意)という呼び名で何百万トンという廃棄物を受け入れることができる大規模な処分場が建設され,1日当たり2,000t以上の廃棄物を受け入れる埋立処分場が全米で75カ所も存在する(World Wastes・ April '97 p.8)。廃棄物は大量輸送され,1t当たり10〜50ドルくらいの処理コストで処分されている。したがって,建設コスト,運転コストの比較的高い焼却処理は経済的に見合わないため,焼却処理の比率は日本に比べずいぶん低くなっている。しかも,民間の廃棄物処理会社が大規模な処理事業を行うために,各自治体が個別に処理事業を行うよりも経済的な処理システムを提供することができ,民営化が進んでいる。年商1兆円を超える企業が数社あるといった状況である。このように,日米では国土事情や処理体系,法体系がかなり異なっているものの,何かといえば米国の問題解決のアプローチは非常に参考になるものである。
 今回翻訳した“Integrated Solid Waste Management”は,米国の友人に廃棄物分野のベストブックとして推薦されたものである。1997年の5月には,この本の執筆者ジョージ・チョバノクロス氏に会って意見交換し,翻訳の了解を得た。彼は,廃棄物分野のみならず,水処理分野でも「水質環境工学―下水の処理・処分・再利用」というテキストを執筆している。
 “Integrated Solid Waste management”は1993年に出版されているが,廃棄物工学の原理,私たちが理解しておかねばならない廃棄物処理問題を詳細に解説しており,現在でもその内容は風化していない。このように優れたテキストは一刻も早く翻訳して日本に紹介したいということで,私たち監訳者が廃棄物処理分野において活躍し,しかも語学力に優れた人材を翻訳者として選定させてもらった。各翻訳者が精力的に作業を進めたおかげで,作業は1997年12月にはほぼ完了し,私たち監訳者は分担を決めて集中的に責任監修を行った。最終的に用語,文体のチェックを行うとともに,適宜補足を行って完成することができた。
 この本が廃棄物工学の原理を理解し,廃棄物処理問題を解決するための一助となれば幸いである。日本で廃棄物に関する本が各種発行されているが,演習問題が載せられているものは皆無と言える。この演習問題を解くことによって,廃棄物工学の原理を熟知し,日本における問題の解決に生かされることを期待する。
1998年6月  監訳代表 田中  勝
新刊紹介

廃棄物処理総論<米国・マグロウヒル社の邦訳版>
米国で高い評価
エヌ・ティー・エスが発売

廃棄物を衛生的かつ安全に処理

 本書は「INTEGRATED SOLID WASTE MANAGEMENT」(米国・マグロウヒル社)の邦訳版。廃棄物処理に関するエ学的原則や設備に関する記述をはじめ、データ、公式、さらに日常的な問題等やイラスト、グラフ、図表に至るまで、斯界の第一級の訳者(監訳代表・田中勝氏)が原書に忠実に翻訳している。
 近年、廃棄物処理を科学的かつ体系的に取り組むことが強く求められているが、本書は廃棄物を衛生的かつ安全に、しかも再使用可能な形に処理することを基本的考え方に著されており、こうした要望に応えるものとして、米国において高い評価を得ている。
 内容は、第一編「廃棄物処理の動向と展望」、第二編「廃棄物の発生源、組成と特質」、第三編「廃棄物工学の原理」、第四編「廃棄物の分別(選別)、変換およびリサイクル」、第五編「埋立跡地の管理、および補修」、第六編「廃棄物処理と計画」の構成。
 米国と日本では国土事情や法体系がかなり異なっており、産業界や一般市民の取り組む姿勢にも違いがみられる。しかし、本書を一読すれば、米国の問題解決のアプローチが、我々にとって非常に参考になるものであることに改めて気づかされる。
 また本書は、多くの例題や事例研究とともに、各章末に演習問題を掲載。理解を助ける上で非常に有効であり、大きな特徴となっている。
(熱産業新聞 1998年8月15日掲載)
『George Tchobanoglous,Hilary Theisen,Samuel Vigil著,監訳代表田中 勝
廃棄物処理総論-廃棄物工学の原理と廃棄物処理の問題-』


京都大学環境保全センター 高月 紘
 本書の原著は「Integrated Solid Waste Management」である。廃棄物処理を工学的に詳しくとらえたテキストとして書かれたもので,学生にも実務者にも必要な廃棄物処理に関する基礎理論が解説されている。日本と米国とでは,国土事情や廃棄物の処理体系は異なるが,問題解決へのアプローチには大いに参考になるところが多い。
 本書は862ページとかなりのボリュームであるが,田中 勝氏をはじめ廃棄物分野の第一線で活躍中の人々による翻訳であり,用語の続一も含め信頼できる訳書となっている。内容的には,「廃棄物工学の原理」や「分別,リサイクル」に多くのページ数がさかれており,さらに多くの例題や事例研究,演習問題が掲載されているので,廃棄物工学を学ぶものにとっては,まさに教科書といえよう。また,図表はもちろん,数多くのイラストや写真が使用され読みやすく工夫されている。最近は,廃棄物関係の本にも興味本位に話題性のある話だけを載せた本が多いが,廃棄物処理の原点とは何かを今一度見直す必要があるのではなかろうか。その意味で,お勧めしたい本である。
(廃棄物学会誌vol10.No.1 1999年掲載)
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