「セラミックス機能化ハンドブック」の発刊について

編集委員会代表 福長 脩 (東京工業大学名誉教授)

 情報、バイオ、環境などに関連する技術の高度化、多様化に従って、それらを支える基幹材料であるセラミックスも常時変化発展している。セラミックスに対する要求も従来の枠にとらわれない形で現われている。これらの状況に対するキーワードが機能化ではないかと本書ではとらえた。
 セラミックスの機能を高度化し、厳しい要求仕様にこたえるためには、単に一つの機能の優劣で判断できるものではなく、枯渇する地球資源の保護、生体に対する有害蓄積物質の排除、リサイクルの可能性などの観点からの評価も必要となるのは当然である。そのようなセラミックス機能の高度化に対して、適切なガイドラインを提供するのはもちろん容易なことではない。本書はセラミックス開発に従事する読者の日常的な機能高度化の努力に一つの道筋をつけるべく企画されたが、この例に従えば間違えなく成功を収めるといった虎の巻は存在しない。むしろ、現在の解決すべき課題から少し離れて、いろいろなセラミックスの分野の状況を把握して、それを自らの問題解決に換骨奪胎するのも有効な手法であろう。
 ハンドブックは結局、いろいろな事例の集積であり、ある特定の問題の解決に有効な程度に情報が密になってはいない。しかし、いろいろな材料開発の成功事例をみるときに、少し離れた分野の情報が有効であるという例は少なくない。ハンドブックの活用法として、広い視野から問題解決を探る手段としてとらえていただきたいというのが、この種の刊行物を企画した側からのお願いである。
 セラミックスの機能を新規に開発するには、従来と異なる発想を武器にしなければならない。2010年度ノーベル物理学賞のガイム教授とノボセロフ教授の完全2次元物質グラーフェンを実現したスコッチテープ法は、高価な実験装置でなくても革新的な結果が得られる可能性を示した。彼らは、グラーフェンが半導体でも金属でもない特異な電子構造(バンドギャップがゼロ、半導体と金属のハイブリッド)でシリコンよりも銅よりも導電性で、可視光を透過し、ダイヤモンドに匹敵する硬さと、ゴムのような柔らかさを持つ物質とまで予想したかはわからないが、新物質開発が予想外の機能を生み出す根源あるという確信はあったであろう。
 セラミックスの新機能開発は結果の予測可能性とも関連している、この意味で材料の機能化にとって、特性予測に有効な計算機実験の将来を期待する動機となっており、本書でも特に総論で計算機実験の現状に注目した記述を採用した。セラミックスの機能開発はもはや手探りの経験的手法では進んで行けないところまで直面しているはずである。
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