発刊にあたって

 水素吸蔵合金に関する成書はこれまでにも,国内外を通じてその数は決して多いとはいえないが,何冊かの出版がみられ,それらは各々に時期に即した目的を持ち,内容も充実した立派なものです。しかしながら,この「時期に即した目的」は時代の変遷に従って変わるはずであり,ことに対象とする水素吸蔵合金が特殊な機能材料であり,物性に関する基礎研究は応用面の展開に応じて急速に進展・充実し,機能の開発や特性の向上も著しいものがあります。
 こうした状況のなかで,今回本書「水素吸蔵合金〜基礎から最先端技術まで」の発刊は,以下の目的と事由により企画しました。 エネルギー源を石油に依存する現代文化が,この種の資源の偏在,さらには将来における枯渇の脅威などによって荒廃することが案じられて,各国共通の課題として将来に対する新しいエネルギー源の開発が要望され,各国で研究が展開されました。さらに加えて石油,石炭のような炭化水素系の燃料を使用することによる大気汚染や,二酸化炭素の蓄積による地球温暖化という,将来人類に致命的な打撃を与える事象の発生が予測され,対策の切り札としてクリーンフューエルの水素,それを使用する「水素エネルギー・システム」に大きな期待が懸けられています。
 水素吸蔵合金はこの水素エネルギー・システムにおいて,きわめて重要な貢献をする機能材料であり,これの活用無くして水素エネルギー・システムは成功しかない。として水素吸蔵合金に関する科学の研究に従事し,開発・展開に熱意を注でいる人々は少なくありません。しかしながらこの分野は,多岐の専門分野に跨る学際的研究分野であるため,日本の現状では個々の研究成果を効率的に集約する公的機関や,最新の研究成果を発表するに適切な学協会もなく,情報は分散しており,文献や成書類もこの技術の総合評価に実効のあるものは少ない。また現在の石油に依存するエネルギー・コストが安価に過ぎることから,経済界は新エネルギー源のコストが割高との認識のみから,積極的な新エネルギーの採用を怠り,開発された新材料,新技術は活用されず,したがって以後の発展は停滞しています。
 こうした現状において,本書では水素吸蔵合金に関して,基礎物性から最新の応用技術にわたって,明確にオリジナルの研究者と研究内容を紹介し,その成果がさらに誰によってどのように展開され,現在どのようになっているかを述べる,ことを原則として記述し,読者が研究開発の進展過程を理解し,独自の将来展望と評価のもとで,水素吸蔵合金の科学と応用技術の発展に寄与して頂くことを願うものです。
 執筆者は,平成3年に発足した「MH利用開発研究会」の会員で,真摯に水素吸蔵合金に関する研究に従事して,立派な成果を挙げておられる斯界の第一人者の方々であり,上記研究会を通じで情報も網羅しての執筆・編集により,満足のできる内容の書となったものと確信しています。
 さらに欧米における研究者にも執筆を願って,この分野での先進的な成果も加えて,より内容の充実を期しました。諸外国の研究開発の状況を把握いただけるものとなることを願っております。なお,本書の完成は編集委員諸氏の努力の賜物であり,またNTS社の吉田隆氏,松風まさみ氏の熱意とご尽力によるもので,ここに深甚なる謝意を表します。
1998年4月  監修者 田村 英雄
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