化石資源に頼らず、バイオマス資源から燃料、特にバイオエタノールを生産する動きが世界的に広がっている。これは、低炭素社会実現による温室効果ガス削減を目指し、またエネルギーや化学品の原料の多様化を図り持続可能な社会を実現する上で極めて重要である。燃料用のバイオエタノール生産は、発酵プロセスによって大規模に行われている。特にブラジルとアメリカは、バイオエタノール生産大国である。ブラジルでの生産の歴史は長く、サトウキビ由来の糖液を原料として生産が行われている。一方、アメリカではトウモロコシデンプンからのバイオエタノール生産が行われている。特にアメリカでのバイオエタノール生産は急速な伸びを示し、2001年に670万kl程度であったものが、2006年には1850万klまで増加し、世界最大のバイオエタノール生産国となっている。このように、バイオエタノール生産量が増えるにつれ、原料となるトウモロコシの使用量の急増によるトウモロコシ価格の急騰が起こり、ひいてはトウモロコシを主原料とする家畜飼料の価格が上がり、最終的には食肉価格やハム、ソーセージなどの加工食品の価格が上がる事態を招いた。バイオ燃料生産と食糧生産の競合が起こり始め、「燃料か食料か」といった議論がなされるようになった。これは、まさにバイオ燃料の「光と影」を象徴する出来事である。
 増え続けるバイオエタノール需要をまかなうために、安価で大量に存在し、食料と競合しない、すなわち非可食な資源であるリグノセルロース系のバイオマス(農業残渣、間伐材、古紙など)からのエタノール(セルロース系エタノール)生産が必須である。しかしながら、セルロース系バイオエタノール生産では、リグノセルロースがセルロース、ヘミセルロースおよびリグニンからなる複雑な構造を持つことから、低コストでバイオエタノールを生産する技術は確立しておらず、現状ではその商業的な生産に至っていない。
 アメリカにおいては、エネルギー省を中心として、セルロース系バイオエタノールの生産に関する技術開発支援を大規模に行っている。特に2008年から3つのDOEバイオエネルギーセンター(BioEnergy Science Center, Great Lakes Bioenergy Center, Joint BioEnergy Institute)が本格稼動し、セルロース系バイオマスからの効率的なバイオ燃料生産を可能とする革新的なバイオプロセスの開発が始まっている。一方、日本においても、経済産業省、農林水産省、環境省などの省庁が連携して、セルロース系エタノールの実用化に向けて本格的な支援を行っている。まさに世界的に開発競争が激化していると言える。日本は他の多くの資源と同様に海外にバイオマスを依存しなければならない状況にあり、技術開発で世界をリードすることが、バイオ燃料の安定確保において必須である。
 本書では、多様なリグノセルロース原料からのバイオエタノール生産、前処理、酵素糖化、発酵、分離回収など、日本における一連の技術開発をまとめ、現状を把握するとともに、今後の技術開発動向を探る。セルロース系バイオエタノールの商業的な生産においては、解決すべき問題は山積しているが、日本における研究開発は着実に進んでおり、世界をリードする国の一つであることは間違いない。ただ、多額なR&D費は投入されているものの、現段階で問題を完全に克服できるか予測できないのは、アポロ計画やゲノムプロジェクトに代表される多くの巨大プロジェクトの初期段階と共通である。日本における研究会開発が実を結び、セルロース系エタノールのように、食糧と競合しないバイオ燃料が普及し、真の意味で持続可能社会の構築が一歩前進することを期待したい。

(「まえがき」より 神戸大学 近藤昭彦・京都大学 植田充美)
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