発刊のことば

 知的財産戦争は頭脳の格闘技である。技のある者、力のある者、智慧のある者が勝利する。準備のない者、力量のない者に勝利がないことは本物の格闘技と変るところがない。
 “戦争”とあれば戦略もあり戦術もある。戦術は現実の“戦争”を前に展開する手段であるからここではとりあげない。  特許を始め知的財産が研究開発等創作活動を源にした成果を対象とすることから、本質的に10年、15年を基準とした所謂中期的な視野で把えるものであり、必然的にその権利化への期間も加味した“戦略”の対象であると考えるのが普通である。
 かねてから、経営管理のジャンルの中に何故に特許戦略がないのか、というより経営管理の中に特許戦略の地位が認められていないのか、不可思議であった。正確にいえば、経営管理を研究していた当時はその認識はなかった。ふとしたきっかけから、日本経済の発展を支えるものは、ものづくりの技術力でありその技術力を擁護する役割を担う特許を始め知的財産制度は、経済発展の基礎であることを意識した。そしてアメリカが国家を挙げて産業競争力の強化に努め、ややもすれば公正な自由競争を維持するためのシャーマン法を始めカルテル規正法が存在するとさえ思われていたアメリカの法規制の実態が大きく修正されてプロパテントの時代が出現するに至ったことは周知のとおりである。当時アメリカの訴訟社会と日本の社会構造は根本的に異なるから、同質にはならないとの、有識者の意見もきかれたが、日本企業をめぐる知的財産の紛争の実態は今やテレビ、新聞の話題としても珍しくなくなった。
 筆者は早くから、経営学徒の一人として、経営管理のパイロット役(水先案内人)は特許戦略であると提唱してきた。今回幸いにもわが国の知的財産の世界において、第一線でご活躍中の先生方のご賛同を頂き、その優れた業績の数々がR&Dプランニング社を通じて、発表されることになった。
 採り上げた項目、内容を見て、必ずや、産業界、大学知的財産部門・TLOなど広く関係者の皆様のお役に立つことが出来るとか確信する次第出ある。
國枝 高羽
推薦のことば

 今、日本は、知財立国へ向けて、官民とも必死の模索を続けている
。  1970年代から始まった世界経済成長率の長期的鈍化が先進資本主義諸国を、物中心の社会から知識を最大の支配因子とするいわゆる知識社会へ転換させてきた。今もこの転換は加速しながら継続している。知識という目に見えないモノを競争要素とする知識社会の出現は見えにくい。ホワイトカラーとブルーカラーの比率が次第に前者に傾いてくる現象、高学歴社会化、重厚長大産業から軽少短薄産業への転換等がいわば目に見える知識社会化の尻尾である。
 新たに創造される知には、公共の用に供される知と私有財産として囲い込まれる知の両方があり、知的財産は、後者を言う。そして知財立国は、社会の発展の主軸を知的財産とすることを宣明したわが国の決意表明である。
 しかし、わが国のこの改革は、約20年遅れのスタートとなった。アングロサクソンのリーダー達は、いち早く知識社会化の早い段階で社会の根本的変革を先導し、なかでも米国は、19釦年代初めに、プロパテント政策、知的財産保護強化を鮮明に打ち出した。
 その結果、わが国が1990年代に実質GDPを縮小したのに対し、米・英の経済は長期好況を持続した。
 やっとわが国も未来につながる政策へ舵を切った訳であるが、間違ってはならないのは、知財立国を担い、実現するのは、国家権力ではなく民間企業しかないという事である。
 国は、知財立国の妨害となる過去の制度を清算し、民間企業が知的財産をエンジンとして発展するためのインフラストラクチャーを整備し、知財立国を担える人材の育成に努めるべきであって、行政指導やバラマキ行政による社会の誘導は、知財立国どころか知財バブルにつながりかねない危険があり、厳に戒めなければならない。
 こういう状況下で本書が世に出た意義は大きい。経営に資する知的財産、経営戦略を強化するための貢献を果せる知財部門こそ知財立国の中核である。
 ただ、知財の力が経営に大きく寄与した実績のある企業はまだまだ少ない。
 かつて三井石油化学の知財部門の最高責任者として同社の知財活動を経営と研究開発に直結させる改革を推進された国枝氏が中心となって、わが国の有力企業の知財部門の幹部諸氏が自社の知財部門での様々な経験、課題、試みを書きしるして頂いた。戦略的な知的財産権の形成、特許調査の企業活動への利用促進、ライセンス戦略等の多くの情報が開示され、これからの日本企業の知的戦略構築のための参考に資されている。
 国枝氏をはじめ、寄稿された多くの知財のエキスパート、ベテランが知の共有化のために払われた御努力に敬意を表したい。
日本知的財産協会 専務理事 宗定 勇
 このたび、国枝高羽先生はじめ今日わが国の知的財産分野の第一線で活躍されている方々の手により「知的財産戦略教本」が発刊されることになりました。
 本格的な知的財産の時代を迎え、何らかの形で知的財産管理に関わりを持つ人の数が急速に増加しているなか、戦略的視点で広範囲にわたり知的財産管理の実務を包含する本書が刊行されるに至ったことは、まさに時宜に適したものといえ、心からお喜び申し上げます。
 本書の発刊にあたりその中心的役割を果された国枝先生は、ご存知の方も少なくないと思いますが、かつては日本および米国のそれぞれ有力企業に在籍され、特許管理、ライセンシングなどの分野の第一線でご活躍されてきた方です。その後も日本ライセンス協会、いくつかの大学、発明協会の研修センター、中小企業対策講座、アジア太平洋工業所有権センターなどで、指導者や講師として幅広く経験を重ねてこられました。
 その豊かな経験に裏付けられた専門知識は申すまでもなく、広い視野、優れた見識、戦略的構想力などに加え、熱のこもった説得力のあるご講義には、これまで多くの受講者が魅了されてきました。
 この本の冒頭の「発刊のことば」を一読された読者の方々は、このような先生の人となりをすでに身近にお感じになっておられるのではないでしょうか。
 先生のご活躍は海外にも及んでおり、最近では1瑛姫年以来、日本政府・特許庁が進めてきた、アジアを中心とする知的財産分野の人材育成事業の実施にあたり、その立ち上げの時から講師陣の中心的役割を担ってこられました。
 日本に来日して先生の講義を受講し、母国に帰った後も引き続き先生の指導を仰いでいるアジアの有力大学の若手講師など、アジアの各国で活躍する先生の教え子の数も今日では少なくありません。
 今年の1月にインドネシアのジャカルタとスラバヤで、9月にバンコクでそれぞれ開かれた知的財産セミナーで先生とご一緒する機会がありました。
 どの会場でも講演が終了すると、必ずといっていいくらい国枝先生には大勢の熱心な質問者が集まり、これら現地の人々に対し、先生はいつでも懇切丁寧に時間がたつのも忘れてご指導されておられました。これまでに見慣れた光景とはいえ、私にとって大変印象深いものがありました。
 国枝先生の監修によるこの書物もまた、必ずや企業、大学、公的研究機開などで知的財産に関係する仕事についている多くの後進を魅了し力を与える頼もしい存在となるものと確信する次第です。
社団法人発明協会アジア太平洋工業所有権センター センター長 辻 信吾
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