編集にあたって

 ナノテクノロジー(超微細技術)は21世紀の人類の繁栄と福祉に貢献する基盤技術として世界的に著しい展開をみせており、この分野で日々出現する文献数は膨大で、その大部は英語で記述されている。ナノテクノロジーに係わる研究者や技術者は個々の研究や開発の対象に関連する文献を迅速に読破し、またその内容を正確に把握しなければならない。これには関連分野に対するかなりの基礎知識と、英文の読解力をもつ必要がある。読解力を向上させる一手段は数多くのまた多様な内容の文献を精読し、これから個々人が和英両面の技術用語彙を充実させることである。ナノ関連領域で発表される文献は従来の学術分野の区分によれば、物理、化学、数学、機械工学、電子工学、電気工学、金属工学、化学工学、材料工学、バイオ関連技術など多岐にわたり、また一文献に限っても、その記述内容は、これら多分野に属する事項が交錯していることが多い。一例をあげれば、ナノテクノロジーの基礎であるナノ粒子の生成に関する文献では、多くの場合、粒子の生成に関連する物理ならびに化学プロセスに対する説明、生成された粒子の構造解明のための先端分析機器や結晶学に係わる記述、さらに粒子の諸特性、具体的には電気、電子、光学や機械特性などが記載されている。
これまでは、例えば化学領域の研究報告であれば化学用語集一つで一応ことが足りた。しかしナノ分野の報文では上記のように記述内容が多岐の学術分野にまたがるため、一学術分野の用語集では収録されていない用語がかなり使用されている。またその用語が従来型のどの学術分野に属するか簡単に判断できないこともしばしばおこる。このような事態に対処する一法は、従来型の各学術分野の用語集を手元に揃えることである。これは十指に余る用語集を備えることになる。しかしこれでも新しい、または理解に苦しむ用語がどの分野に属するか容易に発見出できない場合もでてくる。つまりナノ分野の文献を読むには特に慣れない間は用語の検索に耐えがたい時間がかかるのである。編者等はナノ分野の一研究プロジェクトに参画して、特に学生からこのような共通の苦悩を聞くことが多い。この苦悩を少しでも軽減するため、ナノ分野の技術文献で使用される技術用語を従来型の 学術分野の区分にはとらわれずに網羅的に集めた用語集を編纂してはとの発想がでた。本書はその発想の産物である。
この用語集は単に技術用語を英和および和英方式で検索できるように対比させたものに過ぎず、このような用語集の利用価値を疑問視する向きもあろう。理想的には例えば長期にわたり、世に広く寵用されている岩波理化学辞典に見られるような用語に説明文を付した形態が望ましい。しかしここで収録した約25,000語におよぶ用語は、その総てがナノテクノロジーに係わるとは言い難いが、その大部に簡単な説明文をつけることは、これに要する作業時間や成果物となる辞書の頁数等から考えて現時点ではあまり適切ではないと考えた。またこのような辞典にみられるように、現象、理論や法則等の説明文は比較的つけ易い。しかし動詞や形容詞の説明文は難しく、技術用語辞典類にはあまり記されていない。ここではこれら動詞や形容詞もかなり収録した。第二次世界大戦終結直後より当時の文部省主導のもとに20余にわたる分野でまとめた学術用語集では説明文を入れずに単に英和および和英方式でまとめており、上記の不便さは免れないものの、これら用語集の恩恵に授かった研究者や技術者は恐らく膨大な数にのぼるであろう。ただ、ナノ関連分野では外来語でいわゆる「カタカナ語」がかなり氾濫しており、理解に苦しむ場合も多いと想定し、これらに対しては可能な限り簡単な説明をつけた。その他の基本的な編纂方針として、紙幅の削減を図るため、化合物名を収納することは極力避けたこと、またナノ分野の研究開発に不可欠の先端分析機器に対して、原語名、多用される短縮語名と和訳を併記することに努めたことを付け加えたい。
先に記したようにナノ領域の研究や開発は地球規模で超高速で進展しており、日々新しい技術用語が誕生している。このような状況下で、この用語集にこれらの新用語を遺漏なく、また遅延することなく加える増補作業や、また現在収録した用語からあまり利用されないものを削除する改訂作業を早急に行わなければならない。さらにナノ分野では異分野の研究者や技術者が共同で研究する場合が多く、この際一つの事象に対して同じ認識を持つよう用語の統一と整理を行う必要もある。このような作業を行い、また改訂を重ね、この用語集がナノテクノロジー分野で標準的な位置を占めることを願いたい。これを基にして近い将来さらに広範な内容を包含し、また説明をつけた用語辞典の刊行を企画したい。いずれにしても世に先駆けて、特にナノテクノロジー分野に新しく参画する研究者や技術者に対して、英文読解力を高めることを支援する目的でまとめた用語集について忌憚のないご意見やご指摘を頂ければ幸いである。
なお、この用語集の編纂にあたって参照した資料を以下に掲げる。
1. 学術用語集 物理編 文部省編 社団法人 日本物理学会発行
2. 学術用語集 化学編 文部省編 社団法人 日本化学会発行
3. 学術用語集 数学編 文部省編 大日本図書株式会社発行
4. 学術用語集 電気工学編 文部省編 社団法人 電気学会発行
5. 学術用語集 機械工学編 文部省編 社団法人 日本機械学会発行
6. 学術用語集 採鉱ヤ金学編 文部省編 社団法人 日本鉱業会発行
7. 学術用語集 原子力工学編 文部省編 社団法人 日本原子力学会発行
8. 化学大辞典 共立出版株式会社発行
9. 化学工学辞典 社団法人 化学工学会編 丸善株式会社発行
10. 結晶成長学辞典 結晶成長学辞典編集委員会編 共立出版株式会社発行
11. 半導体、金属材料用語辞典 高橋 清 新居和嘉 監修 株式会社工業調査会発行
12. カーボン用語辞典 炭素材料学会カーボン用語辞典編集委員会編 株式会社アグネ承風社発行
13. 図解プラスチック用語辞典 牧 広、高野菊雄、三谷敬三、田中芳雄 編 日刊工業新聞社発行
14. 英和プラスチック工業辞典 小川 伸著 株式会社工業調査会発行
15. 光用語事典 日置隆一編 株式会社オーム社発行
16. 英和和英生化学用語辞典 日本生化学会編 株式会社東京化学同人発行
17. 岩波 理化学辞典第5版 長倉 三郎,井口 洋夫,江沢 洋, 岩村 秀,佐藤 文隆,久保 亮五 編
株式会社 岩波書店発行
 最後に本書の編集と出版に多大のご尽力を頂いた株式会社エヌ・ティー・エスの吉田隆社長、編集企画部の松風まさみ氏ならびに臼井唯伸氏に謝意を表したい。
2004年1月  東京大学工学部総合研究機構ナノマテリアセンター 目崎令司
東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻 山口由岐夫
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