日本の森林資源の多くは伐採−運搬が困難な急斜面にあることや、個人レベルでの林業の業態にも課題がある。カーボンニュートラルとみなされている木材の利用拡大による植林−林業の育成は二酸化炭素の固定化、疲弊する森林産業の活性化などにつながる。しかし、従来型の出口である建材・紙パルプの国内での消費量の増加は期待できない。そこで、近年になって木質バイオマスの新しい利用が検討されてきた。その代表として木材チップの発電を含む燃料利用、セルロースを原料とする非可食性バイオエタノール生産、バイオプラスチック生産、そしてセルロースナノファイバーがその候補として挙げられる。
 これらのうち、セルロースナノファイバーの量的質的な利用の拡大は、大気中のCO2を固定化した木材資源をCO2に戻さずに、マテリアルとして身の回りに蓄積することが可能である。そして、木材伐採後に植林を継続することにより、従来にない、新たなカーボンニュートラルのサイクルを構築し、大気中のCO2の固定化−削減に寄与できる。
 20世紀末から、新しい学術・技術分野であるナノテクノロジーに光が当たり、様々な有機・無機ナノ材料が調製され、分析・解析され、従来にない優れた特性が見いだされ、一部では産業としての生産・利用への転換がはかられてきた。セルロースナノファイバーの元となる結晶性の「セルロースミクロフィブリル」は既に生合成の段階で植物細胞壁内に無数に存在しており、種によらずほとんどが3mmの超極細均一幅である。セルロースミクロフィブリルの特徴は、セルロース分子30〜40本が一方向に並んだ構造を有しており、地球上で最も多量に生物生産され、蓄積されている、人工的には決して得られないバイオ系ナノ素材である。21世紀の初頭から、日本では京都大学の矢野浩之教授らが中心となり、積極的にセルロースナノファイバーの効率的な調製方法、前処理方法、構造解析、透明光学フィルムや軽量高強度複合材料の検討を進めてきた。したがって、セルロースナノファイバーに関しては、資源、技術、学術の分野で世界をリードし、循環型社会基盤・低炭素社会の構築を日本が世界に先駆けて進めることができるポテンシャルがある。
 しかし、セルロースナノファイバーはシーズから生まれた新規バイオ系ナノ素材である。特に利用や応用分野では、幅広い分野の技術者・研究者が、垂直・水平連携によってその適正な商品化出口を見出す必要があり、それは容易なことではない。本書が、セルロースナノファイバーの実用化・商品化を検討されている方々に少しでもお役にたつことができれば幸いである。(「はじめに」より一部抜粋)
ナノセルロースフォーラム人材育成分科会 磯貝 明 (東京大学)
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