「生命倫理百科事典の刊行にあたって」

編集代表 粟屋 剛
 この度、アメリカのEncyclopedia of Bioethics,3rd Edition(生命倫理百科事典第3版)の全訳が完成し、丸善から出版される運びとなった。これまで欧米の生命倫理(学)に関する個々の単行本や論文は適宜、翻訳されてきたが、このEncyclopedia of Bioethicsはなぜか、翻訳されなかった。理由はおそらく、あまりに大部(全5巻、3000頁)であるためであろう。そのような大事典がこの度、総勢約290名の新進気鋭の生命倫理学者の手によって翻訳された。これは、日本の生命倫理学界にとって記念碑的事業といっても過言ではないであろう。
 アメリカで同事典の初版が刊行されたのは1978年である。その後、1995年に改訂版が出され、2004年に第3版が出版された。今回の翻訳はこの第3版を訳出したものである。
 同事典はもちろん、アメリカの第一級の生命倫理学者の手になるものであり、この分野では世界に類を見ないものである。内容的には、当然のことながら、生命倫理全般を網羅している。また、学際的分野である生命倫理に関する事典であるから当然といえば当然だが、宗教、人類学、法学、社会学などと関連する項目もふんだんにある。たとえば、宗教に関連する項目として、Bioethics in Sikhism(シーク教における生命倫理)やBioethics in Daoism(道教における生命倫理)などという項目まである。なお、とくに第3版では、Bioterrorism(バイオテロリズム)、Transhumanism and posthumanism(トランスヒューマニズムとポストヒューマニズム)などの新しい項目が加えられ、より充実したものになっている。
 もちろん、このようなアメリカ流の生命倫理そのものに対する批判も当然ある。しかしながら、それを批判するにせよ、賛成するにせよ、やはりまずは中味を正確に知る必要がある。
 また、翻訳書は、原書を読んですらすらと理解できる人には必要ないものである。しかしながら、そのような人はまれである。本翻訳書が必要なゆえんである。本翻訳書と原書を比較しながら読むことにより、語学力(英語力)が飛躍的にあがることも期待できるであろう。
 私は、本書が日本の生命倫理をより豊かにするきっかけになるであろうことを確信している。さらには、本書が日本における生命倫理の裾野を広げる役割を果たすであろうことも確信している。
 本書を下敷きとして、原書(Encyclopedia of Bioethics)を超える日本語の生命倫理百科事典がいつの日か(やはり丸善から)出版され、それが英語に翻訳され世界中で引用される、という日が来ることを祈念しつつ。
2006年 仲秋のころ
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