本事典は三部構成になっています。第1部は「教育社会学の理論」を扱っています。ここでは教育社会学とはそもそもどのような学問であり、どのような理論に依拠しながら学問を展開してきたのか、それを学問の性格、歴史、基礎理論、そして海外における教育社会学の動向に関連づけながら論じています。(中略)教育社会学は社会学の一領域であると同時に、教育学の一領域でもありますが、それら二つの親学問との差異化を図りながら、そして諸外国(主にアメリカ、イギリス、フランス)の理論を吸収しながら、発展してきました。

 第2部は「教育社会学の方法」に関するものです。研究は対象と方法によって成り立っています。教育社会学は教育事実を明らかにするという〈実証主義〉に学問的アイデンティティを置いていますが、そのための方法としては「計量分析」と「質的分析」の二つに大別できます。(中略)教育社会学は研究対象への接近にあたり、よりリアルに教育事象を切り取っていくためにどのような研究方法を使えばよいのかに腐心し、それにアプローチする方法を洗練させてきました。教育社会学が他の教育研究分野と比較して優位にあるとすれば、それは事実を分析する方法論を研ぎ澄ましてきたことが大きいと考えています。

 第3部は教育社会学の研究領域を、「社会化と人間形成」「家族」「ジェンダーと教育」「初等・中等教育」「教師」「高等教育」「生涯学習と地域社会」「教育問題」「階層と教育」「教育と経済」「教育政策」「メディアと教育」「グローバリゼーションと教育」の13に分けて論じています。(中略)教育社会学の特徴の一つは教育を学校教育に限定せず、広く捉えることにあります。また、社会の変化が教育にどのような影響を及ぼし、また、教育の結果がどのような社会となって現れるのかを問います。進学率が爆発的に急上昇し、受験地獄という言葉が使われた高度成長期には、入学試験、学歴、学閥の問題にいち早く取組み、80年代以降の教育問題が噴出した時代には、いじめ、不登校、高校中退などの問題に取組み、社会的格差が広がると、子どもの貧困や学力問題に取り組んできました。常に社会にアンテナを張り、新しい教育問題をより大きな社会と関連づけながら考察しています。

 日本教育社会学会では、1967年に『教育社会学辞典』を、約20年経った1986年に『新教育社会学辞典』を刊行しています。前回の辞典から30年以上が経過して、このたび『教育社会学事典』を刊行する運びとなりました。前2著はいずれも「小項目」の辞典でしたが、ネットの時代に「小項目」辞典は活用の範囲が限られてしまいます。このような時代に合わせて、今回は「中項目」事典として編集しました。一つひとつの項目を、ある程度のまとまりをもって記述することによって、より広く、より深く理解することができるのではないかと考えたからです。

 前回の辞典が刊行されて以降の30年間、先進諸国は産業社会からポスト産業社会の時代へとシフトしていきました。そして、日本社会では、バブル経済の崩壊や、少子高齢化、グローバル化、ネオリベラリズの台頭など、人口学的にも、文化的にも、経済的にも、そして政治的にも大きく変容し、社会システムの一部をなす〈教育〉をめぐる環境は一変してしまいました。そうしたなかで現代は知識基盤社会とも言われ、〈教育〉は社会のあり方を規定する最重要事項の一つとして広く認識されています。本事典が、教育社会学の研究者のみならず、多くの研究分野の研究者に活用され、さらに、国民全体の教育への理解が深まることを期待しています。
2017年12月 編集委員長 加野 芳正
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