動物学の百科事典
■刊行にあたって■

この本は、2012年に丸善出版(株)より公益社団法人日本動物学会にいただいた出版の構想を基にして、まずは理事会の下に置かれた図書委員会において議論を重ね、2013年の理事会において刊行が決定されて、今日に至ったものである。この本は、百科事典とは言いつつも、従来の百科事典や最近のWikipediaのような単語の説明のための事典ではなく、1つの内容を2頁もしくは4頁で最新の情報なども含めて説明する中項目の形態に大きな特徴がある。そして、読み物として活用できること、各項目を体系的に並べることにより関連する情報も入手しやすく、現代の動物学を俯瞰して全体的に把握することができる利点を持つものとして企画されている。これには、今日の動物学を含む生物学全体が、爆発的な知識・情報量の増加と共に多くの分野に専門化してしまい、全体としての像を見ることが極めて難しくなっていることに鑑みて、全体を読み物として読んでもらうことにより、少しでも現代の動物学の全体像を理解してもらいたい、と言う願いが込められている。
 では、この本のタイトルにある「動物学」とはどういう学問分野なのであろうか?実はこの問に答えることは、そう簡単なことではない。興味のある読者は、是非、本書第1章「動物学の歴史」を最初にお読みいただきたい。さらに、日本動物学会監修の「シリーズ21世紀の動物科学」(培風館)の第1巻「日本の動物学の歴史」の、序章「動物学のみかた」(八杉貞夫著)および第1章「日本における動物学の黎明期」(磯野直秀著)もお読みいただくと、さらに理解が深まると思う。ここには、日本における動物学が、明治初期にいかにして始まり、どのような人達の努力により、どのようにして発展してきたのか、について歴史的な背景と共に詳しく書かれている。確かに、日本には独自のいわゆる「日本の動物学」とも呼ぶべき特徴があり、欧米を中心として長い歴史を持つ、英語でZoologyと呼ぶ学問分野とは一線を画すべきである、という見方もある(21世紀の動物科学の第11章「動物学と農学の関係史」(遠藤秀紀著)参照)。ここではその議論はしないが、この本を手にする読者の皆さんは、是非そうした歴史的背景にも興味を持っていただけると、動物学に関する考え方を、より深いものにできるはずである。ここでは、本書を出版する日本動物学会がどれだけ長い歴史を持ち、日本の動物学に貢献してきたか、を是非知っておいていただきたいと思い、簡単に日本動物学会の歴史を紹介させていただく。
 実は、本書の出版される2018年は、日本動物学会創立140周年に当たる。日本動物学会の創立は基礎科学系の諸学会の中でも極めて早く、今年2018年は、東京大学の初代動物学教室教授であったエドワード・S・モースが、同植物学教室教授矢田部良吉とともに創立した、日本動物学会の前身である東京生物学会の設立1878年(明治11年)から数えて140年目に当たる。これは、医学分野で伝統のある日本解剖学会(1893年創立)や日本生理学会(1922年)などに比べてもかなり長い、誇るべき歴史である。さらに、現在生物科学連合と呼ばれる、国内の生物科学関連学会の連合組織に所属する31団体の中でも先陣を切って2012年から公益社団法人としての活動を行っており(現在6団体が公益社団法人)、基礎生物学の代表的な学会として、社会に対しても大きな責任を持った公益的な活動を行っている。公益社団法人とは、公益法人認定法により公益性の認定を受けた一般社団法人のことであり、日本動物学会は、一般社会に対しても、学会活動を通じて動物学の推進、動物学教育の推進、社会との連携の推進、国際協力の推進を図り人類福祉の向上に資する、と言うことを目的としている。本の出版というのは、その最も目に見える形での社会貢献の一つであると我々は受け止めている。今回出版する、この「動物学の百科事典」が、項目毎に読者の必要とする内容に関する情報や知識を提供できると同時に、これを通して「読んで」いただくことにより、現代の日本における動物学の全体像をよりよく理解していただけるきっかけとなり、若い読者の中から、明日の動物学を目指す研究者が出てくれると、これ以上の喜びはない。
2018年3月
公益社団法人 日本動物学会 会長 岡 良隆
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