数理社会学事典
刊行にあたって(一部抜粋)

 数理社会学事典の刊行は私の知る限り世界で初めての試みです.数理社会学が制度化されたのは,1950年代初頭のアメリカにおいてだと言われています.日本はその後塵を拝する形で研究を進めてきました.しかし,世界に先駆けて事典を刊行できたことは,誇りにしてよいと思います.

日本で数理社会学会が設立されたのは1986年3月です.それ以来すでに35年余の研鑽を積んできたことになります.世代継承も順調に進んでおり,今後の発展が大いに期待されます.事典を刊行する機が熟したと言えるでしょう.

 手本がない状態で事典構成を考えることは,とても悩ましい問題でした.事典としての条件を考えるとき,数理モデルと社会学の双方の視点から体系的に俯瞰できるものにする必要があります.これまで数理社会学のモノグラフや教科書は多数出版されていますが,そこで利用されている構成枠組みは,使用される数理モデルによる分類か,階層や家族や組織など実質分野による分類に依拠しており,数理社会学の全体像を俯瞰するものにはなっていません.

 およそ半年間,様々に思案を重ねた結果,数理モデルと実質分野を統合するとともに,入門部門にあたる総論(第T部),原論部門にあたる基礎論(第U部),各論部門にあたる社会学の実践編(第V部),他分野で主に展開されてきた数理的手法との連携にあたる応用編(第W部),そして社会学の古典や原理にかかわる重要テーマをアドホックに扱った特論(第X部)の五部構成を採用することにしました.各部の章構成を見ていただくとわかりますが,実践編での実質分野の数が限定的である点を除けば,東京大学出版会の『社会学講座』シリーズに近い構成になっています.今後,数理社会学の進展により,実質分野のさらなる拡充が期待されるところです.

 ところで,数理社会学は理論社会学の一員であるというのがおおかたの合意事項です.しかし,社会学は経験科学でもあり,経験的データによる実証性の確保が不可欠です.このため,数理社会学は計量社会学と緊密な連携を保ってきました.また,数理社会学は計量社会学(社会統計学)を基礎として生まれたという歴史的経緯があります.本事典ではこうした側面にも配慮して章立てや項目選択を行いました.さらに,21世紀に入って以降,コンピュータ技術の飛躍的な発展に伴い,ビッグデータやAI(人工知能)などを含む計算社会科学やシミュレーションの新たな手法が登場して,数理社会学との連携の期待が高まっており,こうした動向にも目配りをしました.

2022年6月
編集委員長 今田 高俊
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