公共政策学事典
= 刊行にあたって(一部抜粋) =


 公共政策学が対象とする「政策(policy)」とは、一般的には社会問題の解決のための指針・方針あるいは手段・方法を意味する。本事典の刊行に向けて日本公共政策学会が取り組みを進めていた時期には、世界各地で紛争が発生し、パンデミックが猛威を振るった。各国内では社会的な分断が深まり、民主主義体制にも脅威を与えている。また、生成 AIに代表される技術の急速な発展は、個々人の生活様式を超えて、社会全体にも予測困難な影響を及ぼすと予想されている。社会問題が山積し、さらに問題自体の複雑さが増していくこのような状況において、日本で最初となる本格的な「公共政策学」についての事典を刊行することには、ひときわ大きな意義があると考える。

 社会問題の多くは、「やっかいな(wicked)」問題と考えられている。ある問題はまた別の問題と結びついていたり、問題の性質が絶えず変化したりするからである。事典の刊行に向けて、日本公共政策学会として取り組みをはじめたときに痛感したのは、その企画自体もまたきわめて「やっかい」であることだった。公共政策学は「学際的」であり、関連する学問分野も多岐にわたる。また、政策に関わる現実の問題については、次々と新たなものが現れてくるし、その一方で解決はなされなくとも忘れ去られていくものも多い。さらに言えば、そもそも「公共政策学」とはどのような学問であるかについて、必ずしも一般的なコンセンサスが得られているわけではない(日本公共政策学会研究大会でのシンポジウムや共通論題において、このテーマは何回か取り上げられているが、これまでのところは意見の一致は得られていないようである)。

 それでも、公共政策学が、社会問題の解決策としての(公共 )政策を研究対象とし、問題の解決に向けた分析をも志向して、政策の改善を目指す学問であることについては、研究コミュニティの中ではある程度の了解が得られていると考える。このような了解を基にして、次のように本事典を構成することとした。まず、公共政策学の各領域を横断する「横糸」に関わる分野として、「基礎概念」「政策の価値の問題」「政策過程」「政策の主体」「政策のツール」「研究の方法」「公共政策についての教育」を取り上げた。さらに「縦糸」にあたるもの、すなわち個別の政策領域に関わるものとしては、「経済」「社会」「危機」の3つの大きな政策領域を選んだ。これらは、それぞれ事典の「大分類(章)」に相当するものである。さらに、大分類を4〜6つの小分類として分けた上で、小分類の中に具体的な中項目を配置した。中項目間の関連については、本文中に「見よ項目」を入れることで読者に有益な情報が伝わるような工夫を施している。(中略)

 本事典は、「興味深く読み通せる学問事典」となること、そして公共政策学の魅力をより多くの人に知ってもらうことを目指した。研究者のみならず広い意味で公共政策に関わる実務家の方々、政策を学ぶ学生のみなさんや、社会の問題に関心を有する一般の方々も、是非手に取っていただきたい。そのことが、社会問題の解決について、それぞれの関心や立場から一層深く考え、さらには行動することへとつながっていくことになれば幸いである。

2024年10月吉日
編集委員長 岡本 哲和
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