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発刊にあたって
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遺伝子は生命の基本設計図であり、それは基本的に二重らせん構造をとる有機化合物であるというのが普通の考え方だが、ドーキンスが1976年に著した「利己的な遺伝子(The Selfish Gene)」によれば、遺伝子自身が利己的で、生物は遺伝子が自らのコピーを増やすために作った乗り物(生存機械)にすぎないというのだ。また動物行動学の各種特徴も説明できるという。そういえば、進化系統樹の根の近傍にある超好熱菌の中には外来DNAを容易に体内に取り込み、必要なら染色体の一部にしてしまうものもある。また、ウイルスなどは遺伝子水平伝播のエースである。トランスポゾンのように染色体の中で比較的自由に動きまわる因子もある。性を持つ生物では、遺伝子の組み換えを利用して生存の可能性を高めている。単に突然変異と自然淘汰といった単純な形で生物は進化してきたのではなかった。これらの背景を充分に理解するにはとても個々の遺伝子を研究するだけでは間に合わない。ではどうするか。
幸い、1973年に遺伝子工学が誕生して以来、多くの科学技術が大幅に改善され、スピードアップし、バイオインフォマティクスも発展してきたので、今や多くの微生物、植物、動物のゲノム解析が終了もしくは進行中である。幅広い生物種についてゲノムの特徴を比較することにより、あるものは明確に、あるものはうっすらと、進化の歴史や相互関係が浮かび上がってきている。特にDNAの二重らせん構造が示されてから50年目に当たる2003年に、精度の高いヒトゲノムの解析が終了したことも大きな節目である。ゲノム情報の羅列ではなく、そこから得られるコンセプトを中心にまとめたのが第1編「ゲノミクス」である。
また生命の働きを理解するのにゲノミクスだけで良いかと聞けば、答えはノーである。実際に作用する生体物質は多様であるし、それらの変換を触媒する酵素タンパクも多数である。これらの構造・機能や相互作用が実際の細胞現場での主役であり、この研究なしに生命の基本原理を解き明かすことはできない。タンパク質の総体を研究するプロテオミクスも重要なもう一本の柱である。全てのタンパク質とその相互作用を解析するというのは、遺伝子解析と比較して格段にやっかいなことであるのは事実だが、避けて通るわけにはいかない。またDNAチップの利用によりどのタンパク質が関連ある一群を形成しているか、あるいはコンピュータを用いたバイオインフォマティクスなど、他の技術も援用しながら解析していく必要があろう。このような考えから、第2編で「プロテオミクス」を、第3編で「バイオインフォマティクス」を取り上げた。さらに第4編では産業における展開、医科学における展開、ゲノムバイオロジーとナノバイオテクノロジーなど応用に向けての展開も紹介した。
科学技術の進歩は時として我々が期待し想像する以上に速い。またゲノミクスの情報も、毎年指数関数的に増加するのではないかと思われる。しかし本書の内容の幅広さと深さは、現段階においては最高のものだと自負している。これはまさに優秀な編集委員のご協力、全執筆者のご努力のお陰である。ここに心から感謝の意を表したい。また本書の企画から出版まで熱意をもって協力して下さった松風まさみさんはじめ編集企画部の皆さんにお礼を申し上げる。
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監修者 今中 忠行 |
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