新たな技術が開発され、製品が広く社会で使用できるようになるには長い年月を要する。たとえば、今日、日常で行われている診断や治療のもととなる研究成果は10年とか20年前に発表されたものである。広く社会に利用されるためには技術の開発は当然のこと、事業として成立するかといった課題が克服されなければならない。しかし、研究者にとっては、こうした開発の段階や課題の克服が楽しいといえる。
 バイオチップは新しい技術である。ゲノム医科学と検出と解析の工学を背景にして進歩を続けている。基盤となる技術に数多くの工夫がみられる。技術革新が続いている段階が本書で記載されている。重要な新しい技術は、そうこうしている間に優れた技術が確立され、広く社会に利用されるようになる。バイオチップは初期の開発段階を過ぎ、技術革新が続き、幅広い利用を目指した事業化の段階に入りつつある。本書では、バイオチップの基礎に始まり、優れた技術の数々、次なる工夫が記載されており、バイオチップを用いる基礎研究者やバイオチップの開発研究者に適したものとなっている。
 この革新的な技術は生物学研究の基本的な手法の一つになりつつあり、現在、製品として市場に出ているバイオチップは基礎研究用に使用されている。本書に記載されているようにバイオチップは医療、農林水産業、環境分野に展開しつつある。今後、さらに多くの分野でバイオチップの重要性が増してくると思われる。検体処理や測定などの周辺技術が確立されると、多くの分野でバイオチップの事業化が可能になると思われる。バイオチップが従来の方法に優れる有用性を示し、さらには市場性を示すことが期待される。基礎研究者だけでなく、医療、農林水産業、環境分野の研究者が本書を利用して、新たな領域を開拓して社会に貢献する、あるいは革新的な製品を開発することができれば編者として望外の喜びである。

〔「発刊によせて」より  監修 金子 周一(金沢大学)〕



本書は、「バイオチップ」に関してわが国のきわめて多くの方々のお世話になり、前半にバイオチップの現状と後半にその将来を可能な限り網羅的に概観した点で既発刊の書籍とはかなり異なり、特長のある本に仕上がった。前半のDNAアレイチップの活用に際しては、試料準備、検出法、解析法などの基礎のみならず、医療、ヘルスケア、生活環境分野での応用、さらには標準化、特許の国内外の状況にまで詳細に展開した。これは、DNAチップなど市販のバイオチップをまず使ってみようとされる方には役に立てるのではないかと思う。また、DNAアレイチップはオリゴDNAを並べただけとは語弊があるが、このプラットホームが内包している多機能を新分野応用に引き出し、生かして今日のデファクトスタンダード化に育て上げてきた主役は、まさにユーザーである研究者・技術者であったとも分かる。一転して後半では、「マイクロ流体デバイス」研究の最先端を若手を中心に執筆いただいた。ここで示されたバイオチップの課題と解決、および種々の診断応用、将来展開は、研究を始める人にとどまらず、将来を見据えて新製品を考える人にとっても有益であると信じる。マイクロ流体デバイスは種々の優れた能力を有しているが、残念ながら現状では人々のお役に立っているものは少ない。しかし、現状のように多くの方が創意・工夫を凝らして編み出していく怒涛の中で、DNAチップやグルコースチップのような無くてはならないプラットホームが続出するような状況は目前と思われる。その時には、半導体産業に匹敵するような材料や製造装置を含めた周辺産業が発達し、これがまた新バイオチップを生み出すポジティブフィードバックが生まれると期待される。DNAチップは外国産であったが、是非わが国から次のデファクトスタンダードのバイオチップを世に出したいものである。
 最後に、わが国の総力を挙げたと言っても過言のない態勢を組み、本書の執筆にご貢献を下さった執筆者の皆様に心から御礼を申し上げる次第である。

〔「発刊によせて」より 監修  (物質材料研究機構)〕
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