医薬品がその効果を発揮するためには,標的となる部位に結合する必要があります。ある特定の部位に選択的に結合する物質から新薬を開発するために多大な努力が長年なされてきました。その甲斐あってがん細胞のみを攻撃する新しいタイプの分子標的薬などが開発されるようになりました。特異的な結合によって特異的な作用を誘起するという概念に基づいた有効性の高い新薬なのです。これによって副作用を軽減して治療効果をあげることが可能になってきました。
 しかし,いくら標的性が高かったとしても,それだけでは十分ではありません。標的となる部位にまで治療薬が到達することができないならば,何の効果も生じないからです。治療薬が持っている優れた性質を充分に発揮できるような方法を新に構築する必要があるのです。治療効果に必要な量を,のぞみの時間に標的部位にまで送り届ける製剤を開発することは,疾病を克服するためにきわめて重要であることはいうまでもありません。その典型的な例が本書の主題であるDDS(薬物送達システム)なのです。このような概念は1970 年代にアメリカを中心に生まれ,世界各地に広がり,目覚ましい発展を遂げてきました。
 生体において治療薬は代謝・排泄されるばかりでなく,薬物代謝酵素などによって分解されてしまいます。そのうえ,いろいろな組織にトラップされて,なかなか標的部位にまで到達することができません。
このような輸送過程は,サッカーの試合でゴールにボールをシュートしようとしても,相手のブロックに阻まれてなかなか得点を挙げることができないのと相通じるものがあります。そこで,ロングシュートを一発決めて得点を挙げるというのがDDS なのです。
 多岐にわたるDDS 分野における研究成果に関する最近の進歩を解説するとともに,将来の展望をもあわせて記述するように企画したのが本書です。ここでは,DDS を治療効果向上のための製剤的な基盤を生体の機能との関連で捉えるばかりでなく,その対象を農薬製剤の機能や住環境改善の分野にまで広げたものにいたしました。さらに,DDS 製剤を投与するデバイスの有効性に関しても重点をおいて記載するようにいたしました。したがって,本書はDDS 研究の発展にとって有用であるばかりでなく,治療薬や製剤の体内動態を知るためにも有益な情報を提供できるものと考えております。また,医薬,農薬,家電などいろいろな分野にその対象を広げておりますので,異業種における研究から有益なアイデアを得ていただけるのではないかと期待しております。本書をDDS のみならずライフサイエンス全般に興味を持っておられる研究者,学生にとって有用な座右の書として活用していただけることを願っております。
 終わりに,本書の企画段階から発刊にいたるまで終始一貫世話して下さった潟Gヌ・ティー・エスの吉田隆社長および編集担当の大湊国弘氏に厚く御礼申し上げます。
2013年6月編著者を代表して 寺田 弘 中川 晋作
 
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