はじめに
 昨年6月の日本油化学会関東支部のセミナーで「化粧品素材としてのアミノ酸、ペプチドの来し方行く末」と題する講演の機会を頂き、アミノ酸・ペプチドと皮膚との関わりについて、「生命とは蛋白体の存在の仕方である。そして、この存在の仕方で本質的に重要なところは、この蛋白体の化学成分が絶えず自己更新をおこなっている、ということである」というエンゲルスの至言を借りて、タンパク質化学の碩学である故赤堀四朗先生の「生命とは−思索の断章−」という示唆に富むエッセイ集を引用しつつ、アミノ酸・ペプチドの化粧品素材としての活用の意義を恒常性の維持によるQOLの向上という観点から紹介した。
 本書は、この講演をきっかけに潟Vーエムシー・リサーチからの依頼を受け、改めて『化粧品素材としてのアミノ酸・ペプチド最前線』というタイトルで、最新の研究開発動向を当分野に専門家として関わっておられる方々に寄稿をお願いして完成したものである。
 振り返ってみれば、真島利行教授にはじまる世界に冠たる日本の天然物化学の系譜の中で、前述の赤堀教授の蛋白質化学におけるアミノ酸、ペプチド化学の研究は、野依良治教授の不斉合成触媒の研究へと基礎科学として世界をリードして来た。さらに、池田菊苗教授のグルタミン酸ナトリウムによる味覚の新たな基本因子である「うまみ」の発見を発端に、アミノ酸・ペプチドの工業的生産と食・薬・生活用品への活用においても世界をリードしている。このような基礎・応用における我が国の先端的実績が、実は伝統的な発酵技術の伝承と深く関連していることも見逃せない。
 本書は、このような確たる技術基盤を誇る、我が国におけるアミノ酸・ペプチドの研究開発状況を化粧品素材としての観点から振り返り、健康寿命の維持向上という新しい時代の要請の中で、更なる応用の最前線を俯瞰しつつ、各論レベルでもわかり易く体系化する事を編集の目標としている。
 読者諸氏が化粧品に求められる新たな期待と課題を希求する研究開発の中で、各章ごとに展開される個別の課題とその解決についての解説を楽しみつつ逍遥頂き、それらを全体として見た時、本書が提供するアミノ酸・ペプチドのもつ潜在的可能性が何らかのヒントになれば幸いである。

東京理科大学理工学部 客員教授 坂本一民
 
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