遺伝学が日本に紹介されて以来、用語の日本語訳は大きく変わっていません。
たとえば、優性/劣性のもつ誤った語感は、長らく日本の遺伝学教育の妨げになってきたと考えられます。実際に学生にアンケートをとりますと、『優れた、劣った』という理解をもつ学生が意外に多く、遺伝を正しく理解できていないことが分かります。

 また、医療の現場で、遺伝子の「個性」をつぶさに調べることができる時代が近づいており、遺伝は、急激に一般の方々に身近になりつつあります。このような状況の下で、多くの人が、たとえば遺伝子について『優れた、劣った』というような誤った理解をもつとしたら、学問という問題を超えて、日本の社会における極めて重大な問題です。

 日本遺伝学会・遺伝学用語集編集委員会は、品川日出夫・日本遺伝学会長(当時、2006-2008 年)からの発案により、2009 年に五條堀 孝・同学会長(当時、2008-2012 年)が文科省学術用語集(遺伝学編)の改訂として、今の時代に合った用語集の編纂を目標として発足しました。その後、用語リストの作成、重要語句への重みづけの検討、訳語の変更案をまとめるための、小規模ワーキンググループによる検討、インターネットでの公開の検討が行われてきました。これらの検討の中で、改訂すべきと結論づけられた重要な語句を、次ページの「この本で改訂されたおもな訳語」で示しました。ご参照ください。

 一方で、教科書に反映されるための学術用語集の刊行には、他の生命科学分野および文科省との連携が必要です。そこに至るには、一般社会における理解につなげていくことも必要です。そこで、遺伝学用語集編集委員会では、広く一般に知ってもらい、かつ、遺伝学教育のニーズに応えるべく『高校あるいは大学生が書店で買えるような参考書』という位置付けの冊子体を刊行することとしました。そのために、重要な訳語にはなるべく解説を付することとし、学習の手助けとなるよう、テーマ毎の解説を行いました。また、一般の方々に、遺伝学の重要性や、現代の遺伝学(および用語)がもつさまざまな問題を知って頂き、理解を深めてもらうためにコラムを挟むことにしました。
この本が、遺伝学関連用語に対する日本遺伝学会からの意思表明となり、オールジャパンでの遺伝学関連用語の改訂、そして、オーダーメイド医療時代に向けての遺伝学教育への一助となることを願っています。


――「まえがき」より
 
生物の科学 遺伝別冊No.22 遺伝単 〜遺伝学用語集 対訳付き〜 Copyright (C) 2017 NTS Inc. All right reserved.