クライオ電子顕微鏡ハンドブック
発刊の言葉
 2013年のCMOS カメラの登場以降,クライオ電顕構造モデルが数多くProtein Data Bankに登録されている。X線結晶構造の年間登録数が1万件前後でほぼ一定であるのに対してクライオ電顕構造の登録数は指数関数的に増加。ここ5年は毎年約1.7倍の増加で,2021年には2,952件となった。単純外挿でも3年後の202年には14,500件に達してX線を超えるが,最近の撮影速度の劇的な向上やコンピューターのハード・ソフトの進歩による画像解析計算の一段の高速化を考慮すると,クライオ電顕法がX線結晶解析法を超えて生体高分子構造解析の最主要基盤技術となるのもそう遠くない。分子量500 kDa 以上の複合体の構造登録数ではすでに数年前にX線を上回り,2020年には膜タンパク質の構造解析数がX線の2倍になっている。

 生命活動を支えるすべての機能とメカニズムは生体高分子間相互作用の動的ネットワークによって決定されるため,その解明には結合解離を繰り返す複合体の構造を原子レベルで詳細に解明することが不可欠である。これまで結晶化が困難など技術的な制約から解析できなかった無数の複合体構造がクライオ電顕法の進歩により次々と解明され,今後も生命科学,医科学,創薬設計など幅広い分野の発展を急速に加速させると期待される。クライオ電顕法はまだ発展途上の技術である。その秘めたポテンシャルを最大限に発揮させる技術開発は人類社会の将来にとって最も重要な課題の一つといっても過言ではない。

――難波啓一「序章」より一部を抜粋
 
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