監修者序文

 21世紀の社会を支える基盤的科学技術として,分子機能材料や分子素子がきわめて重要になるといわれている。これほ,驚異的ともいえる超精密加工を施された無機半導体素子に,原理的にも技術的にも限界が見えはじめてきたのに対して,人間をはじめとする生物が備えている神秘的とまで表現される精緻で高い機能が,有機分子で発現し,また有機分子が多様な機能をもち,きわめて小さい機能体であることから,大きい期待が寄せられているためである。
 こうした観点から分子素子の重要性が指摘されて以来,20年近くになるが,生物に匹敵し,またそれを超える分子機能材料や分子素子の実現は,必ずしも容易ではなく,まだ見通しが明らかになっているとはいい難い。それらの実現には,従来の無機半導体素子をはじめとする無機系材料素子で発展してきた考え方や原理を適用するだけではなく,分子機能材料や分子素子に特徴的な全く新しい概念の導入が必要であり,ハード面のみならずソフト面においても,今までの常識を超えた新しい研究に取り組む必要があろう。
 しかし,このような未来的研究の過程において,既に現実性があり,しかも従来の概念を超えた新しい分子機能材料素子も現れはじめている。これらは未来素子への足がかりとなるとともに,意外に近い将来に実用化され,従来の限界を超えた画期的な機能を発揮する可能性が見えはじめている。これに近いも叫ま既に実用化が始まっている。20世紀の終わりにあたって,分子機能材料や分子素子に大きい展開への準備ができつつあるといえよう。
 分子機能材料や分子素子の科学技術は,物理,電子,電気,化学,高分子,生物,医学など学際領域に大きく広がり,未来に対する大きい夢と期待は,優秀な研究者,学者,技術者を研究開発に参画させるきっかけをっくり,この分野の研究を急速に展開させてきたことが,要因の1つに挙げられる。一方,学際領域の研究色が強いため,研究の進歩の現状を的確に把握することが必ずしも容易ではなく,自らの研究分野ですぐにでも役立つ可能性がありながら,ほかの分野での分子機能材料や分子素子の考え方に関するきわめて有用な新しい研究状況を見逃していることも多い。
 本書は,この事情にかんがみ,分子機能材料や素子の開発の現状と将来の可能性についての知見を集約し,さまざまの分野での実用化,応用を触発,推進するためのシーズを提供することを目的の1つに入れて計画を進めた。幸いにも,この学際領域において,国内外で重要な役割を演じられている先端の学者,研究者の賛同を得て,分担執筆をお願いすることができた。各執筆者は,それぞれ分野の第一人者であるが故に,きわめて多忙であったにもかかわらず,快くご執筆いただいたことに対して,監修者として深く謝意を表する。
 なお,本書は松永孜氏の発案による。本書の完成までこぎつけることができたのは,松永孜氏,NTSの吉田隆氏,松風まさみ氏の熱意とご尽力があったからこそであり,併せて謝意を表する。
1994年10月  京都大学工学部教授 清水 剛夫
大阪大学工学部教授 吉野 勝美
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