推薦のことば

 材料の表面と界面の制御が一つの産業の発展を支配するほどの重要な課題となった時代がかつてあった。それは1960年代から70年代にかけての半導体産業の場合で,シリコーンチップの表面酸化(絶縁化)処理をはじめ,それらを超高密度に集積する際の表面・界面の問題である。それをクリアすることによって,初めて半導体産業の隆盛がもたらされた,といっても言い過ぎではない。このとき固体の表面・界面科学は,画期的に進歩し,さまざまな新しい表面分析の手段が開発された。
 それとほとんど同じ意味をもって,高分子材料の世界でも,今日ほど表面・界面の問題が注目を集めている時はない。試みに高分子学会の年次大会の「表面・界面」のセッションで発表された論文の数を見ると,1995年の92編に続いて,85編('96),97編('97),96編('98),114編('99)と,ほぼ増大の傾向をたどって今年はついに100編を超えた。この数は高分子物性にかかわる各分野の中では最高で,20〜30年前の状況に比べると夢のような変化である。「表面・界面」のセッション以外でも,例えば最も論文を集めている「機能性高分子」では,表面・界面が重要な役割を果たしている研究が少なくない。表面・界面は今や高分子科学技術の中心課題の一つになったとさえ言えるのである。この「表面処理技術ハンドブック」もまさにその流れの中で出版される。しかしなぜそうなったのか?
 カナダのユトラッキーは10年前に,「今世紀の終わりには,高分子の95%以上は,多相材料,ブレンド,複合材料などの形で使用されると見込まれる。」と予言した(L.A.UTRACKY著,西敏夫訳「ポリマーアロイとポリマーブレンド」日本語版への序,原著1989,訳書1991,東京化学同人)。このような多相多成分の複合材料には必ず界面があり,その制御は全系の構造と性質に決定的な影響を与える。複合系の構造,とくに界面の構造を分子オーダで制御することができれば,新しい機能を創り出すことも可能である。機能材料の多くはこうして生まれた。高分子材料のこのような開発動向に伴って,表面・界面の解析手段も格段に進歩した。この本「表面処理技術ハンドブック」は一応 ―接着・塗装から電子材料まで― という副題が付けられているが,上に述べた高分子科学技術の新しい展開をバックにして,その成果と固体表面科学のその後の進歩を取り入れて書かれたものである。
 ハンドブックの宿命的な性格からこの本も,多数の筆者の分担による多数の項目から成り立っている。一人の筆者による一貫した思想をこの本に求めることはできないが,それに近づけるためにできるだけ体系的であろうとする編集者の努力のあとが,少なくとも目次を見る限りうかがわれる。とくに基礎編で,21世紀の材料展望から始まって,接着,粘着,塗装の最近の進歩,表面・界面での挙動とキャラクタリゼーション,表面処理効果とその進歩,環境問題,と続く内容には一つのストーリーがある。その中にはとくに「表面/界面はどこまで解明されているか」という章を設けたのは,前述のように最近の学問の成果を取り入れようとしたもので,敬意に値する。一方,応用編の豊富なケーススタディは,それぞれの現場にいる人々には大いに役立っに違いない。基礎編,応用編とも各項目の第一線にいる人たちで,この点も本書の誇りとするところであろう。関係する会社と技術者がこの一本を座右に置かれることを心からおすすめする。
2000年1月7日  畑 敏雄
序文

 工業基盤技術としての接着,粘着,塗装を考えるとき,基材表面の化学的,物理的かつ形態的(モルフォロジカル)なコンディショニングは,界面形成の初期条件を決定する要因として,それぞれ接着剤,粘着剤,塗料の選択と同等,あるいは同等以上に重要であるにもかかわらず,副次的な下地処理としての位置づけにとどまっていた。その理由は表面・界面の分析技術が不十分で科学的アプローチが困難であったこと,表面の処理・改質の手段も限られていたことなどによる。
 本書は最近の表面分析と表面科学の急速な発展と表面処理技術の多様化を背景に,接着,塗装,電子材料等の分野における表面・界面の研究成果を集大成したものである。さらに,伝統的な下地処理技術を科学的に解明するとともに,先端的な表面改質の材料開発への応用を積極的に推進することを目的とした。
 なお,必ずしも下地処理に限定せず,接着,粘着,塗装,あるいは金属の表面処理の最新の技術についても折り込むことができた。下地処理は,溶媒や化学薬品の使用比率が高い分野であり,この改善も内外から強く迫られている。
 21世紀は,ラ行で始まる言葉がキーワードになるといわれている。すなわち生産,使用量のレデュース(Reduce),可能な限りの製品のリユース(Reuse),あるいは資源,エネルギー有効利用のリサイクル(Recycle),さらにこれにリペア(Repair),不要不急物や有害物のリジェクト(Reject),製品のロングサービス化(Longer service life)なども加えることができる。世界的な規模での環境問題や資源枯渇への意識の高まりは,このような状況に,情報の開示,環境との共生と継続的な改善,また革新的な技術変革を迫っている。
 本ハンドブックは上記の状況にこたえるため,学界,産業界の第一線の方々に全面的な書下しをはじめとするご協力を仰ぎ編集されたものである。その特徴は,
・最新の技術,科学的知見の集大成
・環境への負荷低減
・時代の変革にこたえる技術的取組み
・最先端の応用を含み幅広い分野を網羅
・可能な限りノウハウにも踏み込んだ記述
などにある。質の高い内容を多く盛り込み得たと自負しているが,無論いくつかの課題も残した。幸い版を重ねることができれば改善を重ねていきたい。
 編集委員会では本ハンドブックが各分野で広く,長く,実際に役立っことを切望している。この趣旨に沿って執筆者の厳選,原稿の推敲,内容討議を重ねてきた。
 当該分野の研究者,技術者の座右の書となることを期待している。
2000年1月7日  「表面処理技術ハンドブック ―接着・塗装から電子材料まで―」編集委員会
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