監訳にあたって

 今から25年前の1981(昭和56)年10月に我が国では最初の『センサ工学』と名付けた単行本を上梓したことから(その当時は,海外においてもそれに類似した本は発刊されていなかった),ある雑誌社のインタビューで「21世紀のセンサー社会に向けて」というテーマでセンサーの歴史・未来像について述べたことがある。
 筆者は30年前からの「21世紀はセンサー社会になる」という信念から,これからの大学にはセンサー工学のカリキュラムが必要となってくると考えていた。当時,日本の大学にはセンサー工学というカリキュラムは皆無であったが,その後,10数年前よりあちこちの大学にセンサー工学カリキュラムが見られるようになった。
 一方,米国は10数年前,当時の国防総省や商務省において,今後の重要技術の中にセンサー技術を取り上げ,重点的な研究開発を行って来た。特に国防総省においては,センサー技術の中のパッシブセンサーを取り上げ,赤外線センサーについての研究開発やパッシブセンサーで検出できないような材料,例えば,赤外線を発光しないような材料の研究開発などについても推進していたようである。また国防総省および商務省は,重要技術の自国の技術力を日本の技術力と評価するために海外の研究者や技術者に意見を求め,それらを基に評価結果を発表している。
 我が国には石油,石炭,ウランなどの「ハード資源」がほとんどないため,筆者はそれに代わる資源,すなわち,人材資源やテラヘルツなどの電磁波を「ソフト資源」として位置づけ,長年提唱してきた。その間,1978(昭和53)年から1987(昭和62)年にわたる9年間,資源調査会のエネルギー部会,工業原材料部会および国土資源部会の3部会の専門委員を務め,在任中に「電磁波資源」の調査を提案したが,当時,資源調査会としては適当な部会もなく,テーマとしては採用されなかった。
 その後間もなく,電磁波の中の「遠赤外線」や「テラヘルツ領域のデバイス」,さらには「極紫外線〜ソフトX線」,「準マイクロ波」などの電磁波が大きくクローズアップされ,1998(昭和63)年に6日本機械工業連合会において,産官学からなる電磁波応用交流会(主査:筆者)が設立された。3年後の1991(平成3)年には,同交流会で21世紀の新しい電磁波の研究開発課題を提言している。
 現在,テラヘルツテクノロジーが注目されているのは,テラヘルツ帯の電磁波,特に赤外光と電波の重複する電磁波の特性がいまだ解明されておらず,その応用も推進されていないことや,テラヘルツ帯の紫外光,可視光,赤外光の領域においても特にそれらの光のスペクトルとバイオ・生命分野における作用効果については未解明な領域も存在しているためである。
 今回の原書の『テラヘルツセンシングテクノロジー』は,これまでのアメリカの国防総省および商務省の研究背景や世界におけるテラヘルツテクノロジーの重要度を考慮し,「テラヘルツ」と「センサー技術」を融合した原書を三人の編者が「テラヘルツセンシングテクノロジー」と名付けたもので,その第2巻は,新規デバイス概念と最新のライフサイエンス分野などへの応用について10章にわたって記述されている。
 「テラヘルツ」とは,SI(国際単位系)の世界共通ルールに基づくと,電磁波の周波数が1012〜1015Hz,波長で表記すると0.3マイクロメートル〜0.3ミリメートルの電磁波のことである。特に,光と電波の重複する周波数帯は今まで産業的に未踏の領域と言われ,テラヘルツの発生技術,測定技術,分光技術などのシーズ開発にも高度な技術が要求されるが,そのニーズはライフサイエンス,バイオテクノロジー,環境,情報通信,ナノテクノロジー,材料など多くの分野に応用展開が期待されている。
 なお,原書の翻訳にあたっては,東京工業大学名誉教授・廣瀬千秋氏が詳細に検討し,翻訳した。国内の関係者,特に産・官・学の研究者,技術者に幅広く利用されることを望む次第である。
 最後に,この原書の翻訳を推進された(株)エヌ・ティー・エスの吉田隆社長および臼井唯伸副部長に心より感謝の意を申し上げます。
2006年3月 大森豊明
翻訳にあたって

 原書の”Terahertz Sensing Technology”Vol.1,2は,それぞれInternational Journal of High Speed Electronics and Systems, Vol.13のNo.2およびNo.4(2003年,(c)World Scientific Publishing Company)を再録したものである。
 本書は,そのVol.2であり,最新のテラヘルツ波技術の様々な側面が紹介されており,この分野に参入しようとする若手研究者および学生諸氏にとって,大いに役立つであろう。そして,さしあたり取っつきやすい章が必ず含まれているはずである。各章は,最新のオリジナル研究を紹介しながら,その理解に必要な情報が加味されている記述形式になっている。いくつかの最新論文の内容が順に並べられていると思われる章すらある。また,背景にある基本事項が辟易するほど詳しく記されている章もある。よって,現在この分野にどっぷり浸かっている研究者・技術者の諸氏にとっても,視野を広げかつ基礎を固め直すうえで役立つものと思われる。なお,本書の翻訳と時期を同じくして,日本分光学会誌「分光研究」54巻でも「テラヘルツ・遠赤外分光」と題したシリーズ記事(6回)が掲載されている。最新状況を知るうえでは,こちらも参考になるであろう。
 内容が様々な分野にわたっているため,国内で使われている専門用語がよく分からないケースもいくつかあった。そのため,違和感を感じる読者がおられるかもしれないが,意味するところは伝わるように最大の努力をしたつもりであるから,それに免じてお許し願いたい。また,一部には原書の校正ミスと思われる意味不明な文章もあったため,意訳(推測による創作)した部分もわずかながらあることをここに一言しておきたい。
 最後に,訳者のつたない日本語から用語にわたって丁寧なコメントを頂いた監訳の大森豊明氏,そして,本書の翻訳という苦しみと楽しみの機会を提供してくれた(株)エヌ・ティー・エス編集企画部の臼井唯伸副部長に,この場を借りて心から感謝する。
2006年3月 廣瀬千秋
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