発刊にあたって

 1988年から1999年にかけて我が国では2つのセラミックガスタービンの研究開発プロジェクトが実施された。1つは300kWのコージェネレーション用および可搬式発電用のセラミックガスタービンに関するものであり,ほかの1つは100kWの自動車用セラミックガスタービンに関するものである。
 ガスタービンは,もともと熱機関の特性として,タービン入口温度(サイクル最高温度)が高くなるほど熱効率が高くなるという特徴を有している。大出力の大型ガスタービンでは,今日,このタービンの高温化は高級な耐熱金属材料と高度な空気冷却により達成されている。これに反して,小出力の小型ガスタービンでは,小型であるがゆえにタービンに複雑な内部構造を有する高級な空気冷却法を適用することができず,したがって高温化が困難であるため,低い熱効率の値にとどまるというのが従来の常であった。
 セラミックガスタービンは,ガスタービンの高温部材として,高温で強度の高いセラミックスを用いることによって無冷却でタービン入口温度の高温化を実現し,これによって熱効率を飛躍的に高めようとするものである。しかし,このためには優れたセラミック材料とセラミック部品の製造技術の開発が必要であり,また高温で強度が大きいかわりに脆性であるというセラミックスの特性に適合したガスタービン設計技術の開発が必要であった。
 このようなガスタービンが開発されれば,それは当然全地球的な要請である排出の低減に貢献するであろうし,またガスタービンの特性としてNOx排出の低減や燃料多様化の要請にも対応しやすいという特徴をもっている。
 我が国におけるガスタービン高温構造材としてのセラミックスに対する関心は,1978年にスタートした通商産業省工業技術院(当時)のムーンライト計画による「高効率ガスタービン」のプロジェクトに始まる。その後,通商産業省工業技術院は別の研究開発制度による「ファインセラミックスの研究開発」を経て,さらに1985年から1988年ごろにかけていくつかの予備的な調査研究を実施したのち,ムーンライト計画(のちにニューサンシャイン計画に制度変更)の一環として,1988年に前述のコージェネレーション用および可搬式発電用の300kWセラミックガスタービンの研究開発を新エネルギー・産業技術総合開発機構を実施機関としてスタートさせた。ガスタービンとしてはタービン入口温度1,350℃,熱効率42%という画期的に高い目標が掲げられた。計画は当初9年間の予定でスタートしたが,途中で2年間延長されて1999年3月に目標を達成して終了した。
 一方,調査研究の段階では並行して検討されていた100kWの自動車用セラミックガスタービンの研究開発は,石油産業活性化センターにおいて1988年および1989年の2年間,さらに詳細な調査研究が行われたのち,1990年に同じ通商産業省ながら資源エネルギー庁からの石油産業活性化センターに対する7年間の補助事業として開始された。そして,このうちエンジンシステムの試作研究は,タービン入口温度1,350℃,熱効率40%を目標として日本自動車研究所が担当し,1997年3月にほぼ目標を達成して終了した。
 これら2つのプロジェクトの経過および成果はすでに多くの成果報告書,評価報告書や学会発表論文などに公表されているが,本書でもその主要なものを巻末に付録として掲載している。
 概して,この両プロジェクトは非常によい成果をあげて終了したということができよう。すなわち,300kW2機種,100kW1機種の合計3機種のセラミックガスタービンは,ともに計画された全セラミック部品を組み込んだ状態でタービン入口温度1,350℃の運転試験が実施されるにいたっており,熱効率も機種によって42%の開発目標を達成,あるいは目標に一歩及ばなかったとしても35%前後という結果を得て,無冷却で高温・高効率のセラミックガスタービンというものの技術的成立性を実証した。ここに得られた熱効率の値はこの出力クラスのガスタービンとしては世界最高レベルのものであり,またこの研究開発に先行して行われた欧米のセラミックガスタービンの試験研究が多くはエンジンとしての運転にすらいたらなかったことなどを考えあわせると,我が国のこの成果は世界に誇るに足るものであろう。同時にセラミック燃焼器によるNOx排出低減に関しても非常によい成果が得られている。
 しかもこの間,次第に優れたセラミック材料が供給されるようになるとともに,セラミック部材の製造技術やセラミックスを用いるためのガスタービン設計技術もおおいに進歩した。大型部品や大きさの割に薄肉の部品,複雑な形状のセラミック部品も作られるようになった。非常に高い形状精度の要求にも応えられるようになった。セラミックスと金属の接合技術や嵌合技術,セラミック部材間のシール技術,セラミックばねを用いる弾性支持構造,アブレーダブルシールの適用など,セラミックスの特性に適合した設計手法にも著しい進歩があった。
 以上のごとく今回のプロジェクトはたしかに優れたセラミックスを生み出し,またエンジンとしても世界をリードする性能を実証した。しかしながら,この成果を実用につなげるためにはセラミック材料やガスタービンシステムの長時間信頼性の確立とセラミック部材のコスト低減という,非常に重要であるとともに困難な課題が残されている。

 本書は日本ガスタービン学会に設けられた「小型セラミックガスタービン」編集委員会の企画のもとに,上記の研究開発に直接関与した研究者・技術者の手によって,プロジェクトの経過と成果を振り返り,さらに将来への期待を込めて執筆されたものである。
 我が国の300kWおよび100kWのセラミックガスタービンのプロジェクトが世界に誇る立派な成果をあげて終了してから今日まですでに約4年を経たが,残念ながらその後,セラミックガスタービン,特に小型セラミックガスタービンの具体的な研究開発の動きは,国内的にも世界的にもあまりみえていない。
 このような時期にあたり日本ガスタービン学会は,現時点で最も技術的に進んでいる我が国の小型セラミックガスタービンの技術を,単にプロジェクトの成果だけではなく開発途上に得られた知見などをも含めて,1冊の記録にまとめて出版することはきわめて重要であり,また意義深いことであろうと考えるにいたった。ここには,予想されるマイクロガスタービンのセラミック化も含め,小型から大型にいたるすべてのガスタービンにおけるセラミックスの利用において,この技術を有効に役立てたいという願いも込められている。
 この方針にしたがって,本書ではそれぞれの担当者にそれぞれの分野での開発経過,設計にあたっての考え方,開発途上の改良事項,問題点とその対応策などを書いていただき,それらをエンジン全体および圧縮機,タービンなどの各構成要素ごとに,なるべく機種間の相違を超えた共通技術としてまとめるように試みた。また,この分類ごとに関連する各担当者間で座談会を開いていただき,上記の各事項その他についてフランクに話し合ってもらった。そして,この座談会の内容には公表された資料にはない貴重な意見や知見などが含まれているので,なるべく詳細に収録することにした。
 本書が今後,セラミックガスタービンの開発に役立てば幸いである。
2003年5月   監修者 東京大学名誉教授 高田 浩之
Copyright (C) 2003 NTS Inc. All right reserved.