マイクロ波は電子レンジや民間あるいは軍用航空機レーダとして使われていることは広く知られている。最近は漁船や高級ヨットにも船舶用レーダが装備されている。また,毎朝われわれがテレビでみる天気予報に出てくる雲の画像は気象観測衛星からマイクロ波によって送られてくる雲の分布データに基づく。世界各地の出来事を生中継でテレビ画面上でみられるのも地上局と人工衛星を結ぶ指向性の強いマイクロ波通信のおかげである。
 理化学辞典によればマイクロ波とは“波長1m以下の電波で遠赤外部に接する1mm以下のサブミリ波まで含まれる”。極超短波とも呼ばれる。わが国では周波数2450MHzのも のと915MHzが使用可能である。マイクロ波は水などの極性溶媒には吸収され発熱す る。例えば,2450MHzのマイクロ波の電場は1秒間に2450×10の6乗回プラスとマイナスが入れ替わる。水などの極性溶媒の分子は電場内では分極し,多数の双極子の集合体とみなされ,電場の変化に伴ってその向きを変える。その結果,激しい振動,反転を繰り返すが,その際,分子同士の衝突や摩擦によって失われるエネルギーが熱の型で現れると考えればわかりやすい。すなわち,電場の変化に運動エネルギーとして対応しきれないエネルギー部分が熱として現れるということになる。したがってマイクロ波加熱は内部加熱とも呼ばれる。
 本書はこのように多岐にわたるマイクロ波効果のうち,とくに加熱作用のみを取り上げ,産業界各分野で最近広く用いられるようになった加熱技術についてとりまとめたものである。マイクロ波に関する既刊の成書は多くはないが,それぞれの目的に応じて発刊されている。しかしながら最近10年間でその技術は飛躍的に進歩し,あらゆる分野でマイクロ波が使用されるようになった。この傾向はマイクロ波のエネルギー効率が上がるにつれ,ますます増大するものと思われる。このような情勢にかんがみ,本書では現在どのようにマイクロ波が使われているかを分野ごとに事例を挙げ,それぞれの分野において第一線で活躍されている技術者・研究者の方々に記述願ったものである。企業との関係から企業人としては書きづらい部分,あるいは分野については研究に従事されている大学教授の方々にもとりまとめ,ないしは記述をお願いした。内容も事例のみではなく,第1編にみられるように基礎編を設け,マイクロ波加熱の原理・特徴,電力計算法,安全対策と注意など基本的な事項についても解説した。したがって本書はマイクロ波加熱技術の最近の利用例を経験のない業種・企業でも理解できるよう配慮し,さらにこれら産業分野でも新たにマイクロ波を使用できる可能性が得られることを期待した。
 本書の構成は上述のように第1編は基礎編として基礎的事項を取り上げ,第2編の応用編では各分野別に事例をできるだけ多く掲載した。9つの分野を9章に分け,各章冒頭にその分野全般に関する概説を述べ,分野中の各項目はその分野の特徴を踏まえ,解説または事例,あるいはその両者とした。分野としてはゴム,セラミックス木材,食品,医療,原子力,プラズマのほか,特例として水分センサの章を加えた。最後の第9章では非加熱効果と,以上の分野に入らない特殊な分野のマイクロ波使用例を含めた。
 これら各分野の執筆ならびに執筆者の人選については戸石登志彦氏ならびに山田俊一氏に多大のお世話になった。巻頭に記し,とくにその労をねぎらいたい。また,本書の発刊ついては(株)エヌ・ティー・エス代表取締役吉田隆氏の強い熱意によるものであることを付記し,併せて本書がマイクロ波利用技術の一層の進展に寄与することを祈念したい。
1994年3月
近畿大学農学部教授
京都大学名誉教授
越島 哲夫
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