はじめに

 リチウムイオン電池に代表される高機能蓄電池は、携帯電話等の小型電子機器の駆動源として、現代社会のあらゆるところで必要不可欠なものとなっている。さらに、運輸部門における化石燃料使用量の抜本的削減と、安定供給に課題の残る自然エネルギーの有効利用を前提とした持続可能社会の実現、大規模災害等緊急時の国家エネルギー安全保障という観点から、蓄電池の大型用途への速やかな展開が望まれている。加えて、自動車・電機など国際的優位性が失われつつある日本の主要産業に密接に関連し、その開発は科学技術に立脚した日本経済の発展における基盤となるものである。
 リチウムイオン電池は、電極活物質中の希少金属の使用比率が高い場合が多く、急速な普及による量産化や電力・車載向け需要に対応した大型化により、コバルトやリチウム原料の希少性や市場不安定性の問題が、中長期的に顕在化する可能性がある。希少元素の供給を輸入に頼る我が国は、世界的な需要の急増や資源国の輸出管理政策による深刻な供給不足とこれによる価格高騰を、政治問題も含めた危機管理の対象とする必要がある。このような社会的要請から、2012年度より開始された「国家戦略として重要な高性能材料の創製を目標としつつ、関連する幅広い研究コミュニティーの連携を深化させ、国際的にも高い水準にある学問分野の再構成によって全く新しい研究アプローチを生み出す」ことを謳う “元素戦略プロジェクト”において、蓄電池における代替材料開発が最重要課題のひとつに挙げられている
 資源・コスト面の優位性のみならず、幅広い新規材料の適合可能性や高速充放電特性等から、次世代大型蓄電池の現実解としてのナトリウムイオン電池の研究開発が日本のみならず世界的に活発化している。特にナトリウムと遷移金属のイオン半径コントラストが提供する、リチウム系を大きく凌駕する”Rich Chemistry”は多くの研究者を惹き付けており、純粋な材料科学的側面からの研究対象としても非常に魅力的である。研究の論文や特許を概観すると、ナトリウムイオン電池の作動原理は古くから知られていたが、その有望性の再認識を促す契機となった重要な成果は日本から数多く発信されており、新たな産業創出への期待も大きい。
 本書は、ナトリウムイオン電池の開発経緯と背景、現状、要素技術、デバイス技術の先端情報をカバーした世界的にみても最初の体系的書籍であり、日本の当該分野を牽引してきた充実した執筆陣により寄稿されている。蓄電池の研究開発の現場のみならず、これから研究開発に従事する読者にとっても、勘所を効率的に掴むための最適な指針となるものと信ずる。


2015年11月
岡田重人、駒場慎一、山田淳夫
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