出版にあたって

 酵素類似機能として水中で触媒活性及び分子認識能を発現する完全人工の有機化合物の分子設計と合成に編者自身が興味をもち、その事初めとしてマクロ環化合物に関する研究に手をつけ、最初の報文が出始めたのが1973年でした。それまでに金属錯体化学及び有機化学の立場から補酵素の触媒機能に関心をもって研究を行っていましたが、補酵素活性の発現のためには酵素タンパクによってもたらされる反応場効果は避けて通れない問題であることを痛感していました。マクロ環化合物に関する研究からは、触媒活性の向上には予想以上に反応場効果が効くことが明らかになりました。編者の研究室として、その後マクロ環化合物は酵素モデルとしての位置づけから次第にレセプターモデルへと推移していきました。
 一方、酵素モデルあるいはアポタンパクモデルとして界面活性剤ミセルの有用性は早くから認められて多くの研究者の関心を集めるとともに多様な機能性界面活性剤の開発が行われてきました。編者らはこのような界面活性剤の機能化の一環として、アミノ酸残基を導入した一本鎖型界面活性剤の合成を行いましたが、このような界面活性剤は通常の柔らかい球状ミセルではなく固いひも状の分子集合体を形成することを認め、分子間でアミノ酸残基の水素結合相互作用が強く働く結果であると判断しました。この結果をもとに二本鎖型両親媒性分子の頭部位近くにアミノ酸残基を導入したところ、会合形態が極めて安定な単一層二分子膜ベシクルを創出することに成功しました。このことは注意深い実験の観察から一つの着想を得て、新規な研究成果を生みだすことができた興味ある例として挙げられると思います。このような安定型二分子膜ベシクルの創製に成功したことにより人工酵素及び膜型人工レセプターへの道をひらくことができ、超分子化学の分野への新たな貢献をすることが可能になりました。
 超分子化学はPedersen,Cram,Lehnらが1987年にノーベル化学賞を受賞したのを契機として一躍世界の脚光を浴びるようになりましたが、新しい学問分野としての重要性が認められはじめたばかりと言っても過言ではありません。21世紀には更に大きな発展が期待されます。
 本書は基本的超分子である人工レセプター及び人工酵素について編者の研究グループによって得られた成果を中心にまとめたものであり、基本理念のみならず実験例を多く取り入れて実験指針としても参考になるように配慮したものです。従って、編者の研究室の在籍経験者の中から中核となって研究を推進してきた数人の協力者に執筆を依頼した次第です。本書の内容が超分子化学の研究に関心をもっている夢多き若い研究者諸氏のご参考になれば刊行の目的が叶えられたものとして喜びに堪えません。
 本年3月に定年を迎えたことでもあり、本書に記述されているこれまでの研究成果に貢献して下さった協力者並びに学生諸君の厳しくもパイオニア的精神をこめた精進を研究室の誇りに思っております。最後に、本書の刊行にあたり種々ご配慮をいただいた株式会社エヌ・ティー・エス代表取締役の吉田 隆氏に謝意を表する次第です。
1995年9月  監修者として 村上 幸人
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