序文

 私たちの身の回りのほとんどのものが石油から製造されている。化学の知識と技術によって私たちは、石油からありとあらゆるものを作ってきた。軽くて綺麗で便利で役に立つあらゆる製品を製造することで、豊かで快適で平和な生活を手に入れることが出来るはずであった。しかし、多くの石油資源とエネルギーを消費し、天然物に勝るより強くて安定な新しい多くの人工のものを作り、またその生産過程で膨大な副産物や二酸化炭素や窒素酸化物(NOx)などを排出し続けてきた。その結果、20世紀の終わり近くになって、大気や河川湖沼水などの地球規模の環境汚染が、人類の生存を脅かす形で、私たちの前に深刻な緊急の大問題として立ちはだかってきた。
 21世紀に入り、これら深刻な環境汚染を克服し、よりよい地球環境の保全を達成して行く上で、環境に優しく持続可能な化学と化学技術とは何かが今強く問われており、これまでの化学と化学技術の見直しが迫られている。すなわち、これまでの高品質なものを安価に大量につくればよいという過去の時代から、ものをつくるための原料の選択はもとより、製造過程から使用後の処理方法に至るまでを考慮し視野に入れた、地球環境に優しく、エネルギー負荷が少なく、有害な副産物を出さない高効率で高選択的な化学工業を実現しなければならない時代となっている。例えば、二酸化炭素などの温室効果ガスによる地球の温暖化、NOxやフロンガスなどによる大気汚染とオゾン層破壊、ダイオキシンなどの有害物質や環境ホルモンによる河川水や土壌汚染など、地球規模での環境汚染問題を解決するために、クリーンなエネルギー源の確保、化学製品の再利用と再資源化をも考慮した、「環境に優しい持続可能な発展が望める化学と化学技術」、すなわち「グリーンケミストリー」の概念が新しく導入されなければならない。
 このような観点から大阪府立大学工学部応用化学科では、「環境に優しい持続可能な化学と化学技術」、「有害な物質を使わない、つくらない、出さないグリーンケミストリー」の化学教育と研究に取り組んでおり、この化学理念を徹底・浸透させる目的で、新入生を対象に応用化学科の全教授がグリーンケミストリーに基づいた各専門分野の内容を易しく講義している。本書は、これらの講義内容を中心に、グリーンケミストリーの概念と化学を学ぶことの意義を学び取ってもらうと同時に化学の魅力と面白さを知ってもらうため、化学の基礎から応用にわたる幅広い分野を平易に書き表した入門書である。
 本書は全11章からなり、第1章では、地球環境の現状を紹介し、環境化学の立場からグリーンケミストリーを概説する。第2章では、地球上に無尽蔵に降り注ぐ太陽光の化学的利用という観点からそのクリーンなエネルギーを使った地球環境の保全について述べる。第3章では、石炭、石油、原子力等の現代のエネルギーに替わる環境に優しい水素エネルギーの貯蔵と利用についての現状と将来性について解説する。第4-7章では、有機化学、有機合成化学、有機工業化学、高分子化学の立場から環境に調和した私たちの身の回りの有機化合物や高分子化合物の合成とその使い方,さらには高分子材料の生命科学への応用について易しく説明する。第8-9章では、無機高分子材料としてのシリコーンや先端無機材料としてのガラスの従来知られていない新しい性質など身近な無機物質についてわかりやすく解説する。第10章では、生体機能を利用した化学センサーの現状と利用について述べ、第11章では、応用の立場から環境を意識したカラー画像の形成技術についてまとめてある。
 日本は近年化学技術・化学工業の分野で世界のトップクラスを維持してきた。21世紀になった今,「環境に調和した、環境に優しい持続可能な化学と化学技術」と「グリーンケミストリー」の理念に基づき、今後も世界の化学・化学技術の分野においてリーダーシップを発揮できるか否かはひとえに次世代の若い化学者の熱意と意欲にかかっている。本書を一人でも多くの若い方々が読んで,化学の有用性を学び、化学と化学技術とは何か、グリーンケミストリーとは何かに興味を持って、人類が安全で快適な生活を過ごせるように、次世代の若者が大きく貢献してくれることを期待したい。
水野 一彦
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