この度,界面およびコロイド化学の道標ともいうべき重要な本の序文を書く機会を与えられたことを大変嬉しく思っております。この分野において,本書のように広範に網羅され,技術的かつ応用的な観点から概説したものは初めてといえます。しかも,決して基礎的な記述を省略してある訳ではありません。基礎を省略することは間違いでしょう。突き詰めれば,化学技術とは新しい製品やプロセスを作り出したり,既存のものをよりよく利用するための,化学的知識の応用なのです。したがって関連する基礎的知識の理解なしに,これらの目的を達成することは不可能です。
 本書の魅力は,各章の著者が,各トピックスに対して彼らが適切と判断する範囲で,自由に書いている点にあります。この方法では,当然のことながら各章の重複や繰り返しが避けられませんが,必ずしも問題とはならないでしょう。幸い編集者は重複については強硬な方針はとっておりません。むしろこの配慮が,(たとえ本が多少大部になったとしても)読者にとって大変ありがたいわけです。つまり,関連する情報を得るために他の章を探す必要がないからです。加えて,どの著者も各トピックスに対して,自身の経験に基づいた自身の見解とアプローチの仕方を持っている点も重要です。あるトピックスに対して異なるアプローチを示すことは,その研究を志す読者,特に初心者にとって,役立つことが多いのです(科学に絶対的真理などはなく,単に一般的に受け入れられている知識に過ぎないのだから!)。例えば,医薬品の配合において界面活性剤や高分子が果たす役割について学びたい人は,農芸化学や食品界面活性剤の章からも多くを得ることができると思われ,製紙技術を学びたい人は,塗料の章をよく勉強することは有意義であると思われます。一つの本からこうした全ての情報を,同時に得られることは大変意義があります。もちろん,多少の不足のあることも避けられません。編集者自身が指摘しておりますように,例えば乳化に関する総合的な章がありません。しかし,この分野の隅から隅まで全てを網羅することは,不可能な作業であります。この本の改訂の際には,不足点が取り入れられることになるでしょう。
 本書は,企業において界面・コロイド化学に関係する研究開発に従事している人達のみではなく,企業の研究者と緊密に連携する大学研究者にとって,計り知れない幅広い利用価値を持っています。また,基礎的な純粋科学の観点から体系的にまとめられた既存の教科書と,併せて利用するとよいでしょう。
 私自身,本書は教材としても最適であると思っております。私の多くの仲間や大学(特に大学院学生)にとっても役立つでしょう。もちろん,職業専門学校,ワークショップ,啓蒙的フォーラム等で,界面・コロイド科学の種々の側面を産業界の方々に伝えるためにも,この本は大変有効であると信じております。
 Krister Holmbergは,この本の理想的な編集者として選ばれたと確信しております。彼がこの分野の広い領域に精通しているというだけではなく,国際的に著名な研究所(ストックホルムのThe Ytkemiska Institutet - The Institute for Surface Chemistry;界面化学研究所)の所長として長く企業で成功を治めたのち,現在はChalmers技術大学の応用界面化学部の学部長を務めておられることがそれを実証しています。彼は,本書の編集という大業を成し遂げ,界面・コロイド化学の分野に携わる全ての人々に対して極めて価値ある参考図書を提供してくださったのです。
Brian Vincent
Leverhulme物理化学教授
ブリストル大学・化学教室・ブリストルコロイドセンター 所長
BS8 ITS, UK
 
原書監修のことば

 本書は,界面・コロイド化学を幅広く網羅することを意図したものである。 タイトル“応用界面・コロイド化学ハンドブック”が示すとおり,理論よりはむしろ実用指向であるといってもよいだろう。しかしほとんどの章にわたってトピックスが書かれており,個別の商品に関する商業的内容などは含まれていない。全ての章が最先端の内容であり,“ハンドブック”の章として相応しい目的で書かれているといってよいだろう。一読すれば全体にわたってトピックスがカバーされている上,どの各章も界面化学・コロイド化学の膨大な知見から成り,本書がきわめて豊かで有用な情報源であることがおわかりいただけるにちがいない。
 ハンドブックの視点と対象領域の設定という,重要かつ困難な問題に際しては,明確な境界線を引いた。本ハンドブックでは,“ウェット”系を取り上げ,いわゆる“ドライ”な界面(表面)化学は取り上げないこととした。つまり,ドライな表面化学では重要とされる気相反応の不均一触媒,ESCAやSIMSなどの真空系の主要分析技術などについて,ここでは含めないことを意味する。一方,ウェットな界面化学において最も重要とされる応用技術や現象分析法を取り入れることに目標を置いた。  本書は45の章から成っている。界面・コロイド化学の実用面については全てを取り上げるよう企図した。また内容を5編に分けることによって便宜を図った。
 第1編「基幹産業における界面化学」では,界面化学の代表的な応用例を取りあげた。11の章では,工業から家庭用に至るまでの幅広い応用が扱われ,薬学や食品のような生命科学に関連する応用から,洗浄/農業/写真/塗料への応用,製紙/乳化重合/セラミック加工/選鉱/石油生産のような工業プロセスにまで及ぶ。これら以外にも,表面化学が役に立っているいくつかの分野があり,まだまだ多くの章を付け加えることは可能であろう。そのような選択も可能かもしれないが,紙幅に制限があるため,ここでは最も重要であると考えられるトピックスだけを取り上げた。
 第2編「界面活性剤」には,4つの重要な界面活性剤が含まれている。陰イオン,非イオン,陽イオン,両性イオン界面活性剤がそれであるが,さらに,高分子界面活性剤,ヒドロトロープ,新規な界面活性剤の章も加えた。「界面活性剤の物理化学的性質」と「液晶相の性質」については,トピックスとして二つの章にまとめ上げられている。また界面活性剤・高分子系と界面活性剤の環境問題などの工業的に重要な分野は,かなり詳細に取り上げられている。編の最後には,界面活性剤系のコンピュータ・シミュレーションに,一つの章を割り当てた。
 第3編の「コロイド系と表面における層構造形成」では,4つの重要なコロイド系:固体分散系(サスペンション),泡,ベシクルとリポソームおよびマイクロエマルションを取り上げている。乳化に関する章は,本来ここで取り上げられるべきであるが含まれていない。しかし,第1編第8章「エマルションの重合における界面化学」で乳化全般についてかなり徹底的に記述がなされている。また第3編第1章の「固体分散系」の章でコロイド安定性に関する基本が述べられているが,この記述の大部分は乳化に関連するものである。両章ともに,乳化に関する参考文献として使用できるであろう。さらに第3編は,重要な層状の系である「Langmuir-Blodgett膜」と「自己組織化膜(SAM)」について二つの章も含めた。
 第4編は「界面化学現象」であるが,泡の破壊,可溶化,界面活性剤のレオロジー効果,濡れ,拡張,浸透等の重要な現象の総説から成る。
 また第5編「界面化学における分析/解析法」では,選りすぐった実験技術を解説している。これらトピックスを選択するにあたって,本編の12の章はもっと長くてもいいかも知れないし,別の編集者ならば,これらの章にまた違ったトピックスを選ぶかも知れない。しかし,ここで選ばれた実験的手法はいずれも重要であり,また本編でのこの構成が役立つことがおわかりいただけると考える。通常,分析と特性評価に関する本では,“蛍光法”,“自己拡散NMR”などのように,方法別に分類され章立てされているが,本書では問題別(目的別)の分類方法をとった。例えば,読者がミセルの大きさを測定する最もよい方法を知りたい場合,始めにどの方法が使えるかを考える必要はない。まず第5編第5章「ミセルの大きさと形状の計測」を見れば,関係する情報が集められている。
 本書の全45章は,総説と見なしてよいだろう。いずれも全ての分野が広範にカバーされているが,各章の著者が特に重要であると考えた領域に関しては,一歩踏み込んで深い情報が与えられている。各章には参考文献が挙げられており,さらに情報が必要な読者の利用に供されている。またどの章も独立・完結したものとして書かれているため,個々について独立したものとして読むことも可能であるが,各分野に精通している読者ならば “ハンドブック”の各章のトピックスが独立していないことがおわかりいただけるに違いない。例えば,第3編第2章,「泡と起泡」,と第4編第2章の「泡の破壊―水系消泡剤の基礎」には明らかに多くの関連がある。また第3編第4章の「マイクロエマルション」は,第4編第3章「可溶化」および第5編第7章「マイクロエマルション構造のキャラクタリゼーション」と共通するところが多い。一方,第2編第8章の「界面活性剤の物理化学的性質」は,第2編第10章「界面活性剤液晶」のトピックであるリオトロピック液晶と多くの点で関係し,さらに第5編第6章の「リオトロピック液晶―いかなるメソフェーズかを識別する」と密接な関連がある。これらの関連による多少の重複は否めないが,ごく自然なことで何ら問題はないと思われる。第1に各章が独立して書かれれば,ある程度の重複は不可避である。第2に,著者によっては同じあるトピックに対してでも異なる視点で捉えるので,その異なる見解がしばしば互いに相補っているものである。読者にとって,むしろこの多角的な記述は有意義であるので,多少の重複は編集者にとって気にならないだろう。
 この“応用界面・コロイド化学ハンドブック”は,対象分野の範囲という点でもユニークであり,まさに界面・コロイド化学の分野における成書としては,唯一のものといってよい。確かに界面化学を集成した基礎志向の最新の本はある。Hans Lyklemaの“界面とコロイド科学の基礎(Fundamentals of Interface and Colloid Science)”がその一例である。また界面活性剤に関する優れた本や,一般的な界面化学のよい教科書もある。Fennell EvansとH 。 a kan Wennerstro¨mの“コロイド領域(The Colloidal Domain)”やMilton Rosenの“界面活性剤と界面現象(Surfactants and Interfacial Phenomena)”などがそれである。ただし,本書のように広範な応用界面化学をカバーした“応用界面・コロイド化学ハンドブック“のような大部な本は見当たらない。その意味で,本書がまさしく既存の本のギャップを埋めるものであるといってよいであろう。このハンドブックが産学両方の研究者にとって,すぐに役立つ重要な参考書となることを期待して止まない。

 発刊にあたり,私の共同編集者であるJu¨lich研究センターのMilan Schwugerとフロリダ大学のDinesh O. Shahに感謝申し上げる。彼らには,各章の著者を決定するにあたりご尽力いただいた。また編集者一同,界面化学のコミュニティの中で,このように興味深いプロジェクトを立ち上げることができたことを大変嬉しく思っている。また依頼したほとんど総ての方々は,快く執筆を引き受けて下さった。その結果,このハンドブックの執筆者たちは,現在各々の分野をリードするエキスパートとして活躍している。彼らの尽力があってこそ,本書がバランスのとれた各トピックス,そして最先端の内容のハンドブックになったことを,まず保証したい。
 編集チーム全員を代表して,著者全員に対し,ここに感謝の意を表したい。Bjo¨rn Lindman,Robert Pugh,Tharwat Tadros,Krister Holmbergの4名は,各々2章を執筆した。またこれら以外の45章は,それぞれ個々の執筆者が担当した。つまり10カ国から総勢70人の人達が,本書に貢献したわけである。彼らが完成したハンドブックを手にした時,少しでも努力の甲斐があったと感じていただければ幸甚である。最後に,忍耐強く,いつも変わらず激励してくださった,Wiley (Chichester, UK)のDavid Hughes博士に感謝申し上げる。
Krister Holmberg
Chalmers工科大学,スウェーデン
Go・tebergにて,2001年1月
 
監訳にあたって

 この度,「Handbook of Applied Surface and Colloid Chemistry」を翻訳/出版することになりました。その監修と一部翻訳の仕事を担当致しましたので,監修者を代表しまして,その意義について述べさせて頂きます。
 私が本企画を耳にしまして,直ちに同意致しましたのは次の理由によります。
1)原本の著者が世界の一流の研究者であること。
2)2002年の出版で,まだ新しい本であること。
3)基礎から応用まで,広い領域を網羅していること。
4)日本に類書が少ないこと。
5)以上の諸点より,大学/独立行政法人/企業の総ての日本の研究者に有用であること。
 本書が翻訳/出版されますと,この分野の多くの研究者の座右の書として,永く愛読されるものと確信致します。
 翻訳して頂く先生方も,各分野の研究者として一流の方々を選ばせて頂きました。正確で読み易い訳をして頂くためには,その分野に精通しておられる研究者であることが必要であると考えたからです。ご多忙の先生方に,しかも自らご執筆頂くのではなく,一流の研究者にとりましては役不足とも思える仕事であったにもかかわらず,快くお引き受け下さいましたことに心より御礼申し上げます。この訳本が将来,日本の界面・コロイド化学の研究者に座右の書として永く親しまれることがあれば,それはひとえに翻訳をご快諾下さった先生方に負うものであります。
 翻訳は直訳調ではなく,こなれた日本語にするように努力致しました。正確を期すことを優先するが故に,日本語として読みづらい本にすることは避けたいと考えました。しかしまだ,それでもなお読みづらい部分があるとすれば,それは監修者の目の行き届かなかった故と,お詫び申し上げます。
 これまでに,いくつかの本の執筆,編集,監修などを務めてきましたが,訳本の監修という仕事は初めてでした。日本語の本の編集や監修とは異なる,訳本独特の難しさや苦労のあることを知らされました。新しい,良い経験をさせて頂きました。その意味でも,この仕事をする機会を与えて下さった(株)エヌ・ティー・エスにお礼を申し上げたいと存じます。
 最後になりましたが,私と一緒に監修の労をとって下さいました高木俊夫先生(大阪大学名誉教授)と前田悠先生(九州大学名誉教授)に厚く御礼申し上げます。実を申しますと,今回の監修の仕事の大変さが判明しました段階で,急遽お二人の先生に助けを求めたという経緯がございます。私が軽率にこの仕事を引き受けました為に,両先生には大変なお仕事を分担して頂くことになり,誠に申し訳なく存じております。
 編集企画部の松風まさみ部長と冨澤匡子氏には,終始お世話になりました。ともすれば遅れがちになる仕事を,いつも激励し前に進めて下さいました。心より,厚く御礼申し上げます。
平成18年1月
監訳者を代表して
辻井 薫
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