はしがき

 日本においてレオロジーは顕著な粘弾性を示す高分子物質を研究対象とした物性論に始まり、高分子産業の発展に伴い新規高分子材料の設計・開発研究に大きな役割を果たしてきた。レオロジーの持つ学際的側面さらに対象とする物質・材料に制限が無い普遍性によりレオロジー測定の有用性は他の専門分野においても認識されるようになり、ここ数十年の間に非常に幅広い裾野を持つ近代科学の一つとしてレオロジーは成長しつつある。これに呼応して日本レオロジー学会は学会活動、講習会開催などを通じてレオロジーの普及にこれまでも力を入れてきたが、学会創立30周年を2003年に迎える機会に、さまざまな分野の代表的なレオロジーデータを収録し、基礎から応用まで幅広く解説した書籍の出版を企画した。
 編集委員会を設置し編集方針を決めていく過程で考慮するべき問題点が指摘された。さまざまな様式で変形を物質・材料に加え、応答として応力の時間変化を測定するのがレオロジーの一般的手法であり、パソコンを備えた最近のレオロジー機器を使えば精度の高いレオロジーデータは得られる。最終製品価値の指標となる、例えば弾性率の温度分散データが直接得られることは成形加工などの工学的応用技術開発に分析法として有用である。しかしながら得られたデータの適切な解釈には深い経験或いは数学的知識が往々にして要求され、初心者にとって取っ付き難くい測定法と見做されている点をどのようにして克服するかという問題がある。このような読者の要求を完全に満足させるのは非常に困難であったが、基本方針として式の導出は行わず、豊富に掲載された図からデータの意味を容易に理解できるよう文章の工夫を執筆者にお願いすることにした。
 本書は基礎編および応用編の2部構成よりなる。基礎編においては物質を高分子系ならびに分散系に分類し、分子模型に基づく理論解析によりそれぞれのレオロジー特性と分子構造・凝集構造・構造形成などとの関係がほぼ明らかにされている比較的単純な物質系のレオロジーデータを収集した。実験から直接得られる測定曲線の特徴的な形状や各系の特性を抽出した物理量についてのプロットに関してできる限り丁寧に図の説明を行い、必要とあれば導出を省略し最終結果のみを示した理論式と参照させてより理解が深まるよう工夫した。図・項目間の相互関連を明記し読者の利便を図っているのも本書の特色である。また基礎編から約200の用語を厳選し、その重要性に応じて、正確かつ簡潔に解説した。応用編では材料を中心に章の構成を行った。各分野の第一線で活躍中の編集委員にそれぞれの章の責任担当を依頼し、取り上げる材料や将来さらなる発展が予想されるレオロジー課題の選択をお願いするとともに各章の目的・意義・構成を序文として執筆してもらい、それぞれの章の特色を明確にした。(中略)
 本書の試みが上手くいっているかどうか、読者からのご叱責・ご批判を今後仰ぐことになるが、次世代の研究者、技術者、学生諸氏がこの本をベースとして日本でのレオロジー研究を飛躍的に向上させ、世界をリードする数多くの成果を挙げられんことを期待する。
 日本レオロジー学会の社団法人化が認められた2005年10月の直後に本書が刊行される運びとなったことは編集委員会として大きな喜びであることを付記する。
2005年11月 編集委員長 根本 紀夫
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