材料およびプロセス開発のためのインフォマティクスの基礎と研究開発最前線
= 刊行にあたって =
 手順を通して目標とする分子構造や材料の設計を行い、最後にその妥当性の検証のために実験により確認することになる化学は帰納的な学問としてとらえられている。

 こうした中で特に明確な数式モデルを構築して、求める物性などを満足する分子構造や材料を設計する流れが強くなってきた。実験、測定、そして計算を行うと必ず数字(データ)が得られる。このデータが、例えば有機低分子化合物の沸点だとすると、化合物と沸点とを関連付けたものが、データの上位の情報と呼ばれるものである。この情報の件数が100件、1000件と増えていくと、構造と沸点との関係性を明らかにしたいという願望が出てくる。この構造と沸点(つまり物性)との間の関係を数式として表現したものが構造物性相関モデル(y=f(X))と呼ばれ、情報の上位に位置する知識となる。この知識を利用することで沸点(物性)未知の構造情報をモデルのXに入力することでyとして沸点(物性)を予測できるようになる。また、逆に特定の物性をyに指定することで、その沸点(物性)を満足するX、つまり構造を求めることにつながる。予測と設計が可能となるのである。このようなことを目的の一つとしてケモインフォマティクスが発展してきたし、その土壌としてのデータの収納法、化学構造の表現法など、化学情報の取り扱いに関する様々な研究がケモインフォマティクスとして幅広く研究されてきた。

 所望の機能を想定した場合、それを満足する分子、材料、デバイスを手に入れようとするが、そのために1)何を作るか、2)それをどう作るか、3)それはできたか、4)それを製品としてどう作るか、そして5)どう物質循環させるか、という項目が必然的に関わってくる。ケモインフォマティクスは化学が関わる広範な領域を対象とする知識情報処理と言える。それぞれの項目は、様々なデータ・情報から誘導される知識によってサポートされる。

 マテリアルズインフォマティクスはその中で「何を作るか」に特にフォーカスしたケモインフォマティクスの一領域とみなせる。しかしながら、材料特性が作り方(プロセス)に依存して変わることから、「どう作るか」、「製品としてどう作るか」という項目も深く関わってくることが次第に分かってきた。私はこの意味で、「プロセスインフォマティクス」を提言してきたが、もはやこれは当たり前のこととして定着しつつある。様々なフェイズで観測される化学データ・情報は相互に関係しあって高度利用可能な知識へと昇華していく。データや情報を通して材料設計の奥深さを感じる。材料設計の奥深さに合わせてマテリアルズインフォマティクスのスペクトルは大きく広がった。マテリアルズインフォマティクス領域の研究者がこの数年の間に多く活躍するようになったが、その主だった方々が今回のこの書の発刊の企画に賛同し、マテリアルズインフォマティクス最前線の研究動向を御執筆下さった。監修者として改めてここに深く感謝申し上げる次第である。この書がマテリアルズインフォマティクスを推進する多くの研究者にとって羅針盤となることを切に願うものである。


船津公人
材料およびプロセス開発のためのインフォマティクスの基礎と
研究開発最前線
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