発刊にあたって

 20世紀も残り1年余りとなった。20世紀を振り返ってみると,科学・技術が大きく花開いた世紀である。いろいろな新素材が開発され,科学・技術の発展に寄与してきたが,陰に陽に,その発展に大きな役割を果たしているのが,高分子材料である。人類は,古くから衣食住に天然高分子を,いかなる物かも分からないまま利用してきたが,1920年代に,高分子化合物なるものの存在が実証され,その概念が確立して以来,高分子の合成が精力的に始まった。石油の化学資源としての活用と相まって,次々と新たな合成高分子が製造された。その高分子合成法の一つにラジカル重合がある。スチレン,塩化ビニル,酢酸ビニル,メタクリル酸メチルなどから汎用高分子の工学生産に広く利用されている。このように,ラジカル重合は,最も古い高分子合成法の一つで,Staudinger,Schulz,Floryなどの研究者により,基礎研究が展開され,重合機構の大枠は1930年後半に確立したといっても過言でない。ラジカル重合は,重合法が単純であるから,工業生産にきわめて魅力的であり1940年代から50年代には,重合法の改善,共重合による高分子改質,新規モノマーの展開など,基礎・応用両面で研究が進められ,ユニークな高分子合成法が開発されてきた。その間,ラジカル重合法の基礎・応用両面でわが国の研究者の果たした役割はきわめて大きい。
 1960年代以降は,反応規制や構造規制により,より精密に制御したラジカル重合法の確立に日が向けられるようになった。精密制御には,リビング重合が有効な手段となる。しかし,ラジカルは速やかにカップリングするので,工業生産には使用できないような特殊な条件でない限りリビング重合は不可能と思われていたが,近年,発想の転換によりリビングタイプのラジカル重合が開発され,再び,基礎・応用両面から注目を浴びるようになった。この分野でも,わが国の研究が,その発展に大きな貢献をしている。
 わが国のラジカル重合に携わる研究者・技術者層の厚さと広さを考慮すると,現在までの研究を基礎から最先端まで,工業生産も含めた成書の発刊は,今後のラジカル重合の発展に寄与するところ大と判断し,編集幹事諸氏の賛同を得て,本書の発刊を企画した。本書の出版にあたり,学会や産業界で重要な役割を果たされている最先端の研究者や技術者に執筆をお願いすることができた。初めは,「ラジカル重合」と題することにしていたが,集まった原稿の内容を見ると「ラジカル重合ハンドブック‘基礎から新展開まで’」とする方がより内容に忠実なタイトルと判断したので変更した。基礎から応用(データシート付き)までを含んだ世界に類のない本書が,ラジカル重合の発展に少しでも役立つことになることを祈っている。
 各執筆者は,きわめて多忙であったにもかかわらず,快く執筆していただいたことに対して,監修者としてあらためて謝意を表したい。
 本書の完成までにこぎ着けることができたのは,編集幹事諸氏の絶えざる努力の賜であることは言うまでもないが,NTS社の吉田隆氏,松風まさみ氏の熱意とご尽力のお陰であり,併せて謝意を表したい。本番の出版の口添えを頂いた松永孜氏にも深甚の謝意を表したい。
1999年8月10日  監修者 蒲池 幹治
遠藤  剛
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