序 文

電気というエネルギーは、他のエネルギーから変換することにより生産され、他のエネルギーに変換して貯蔵され、他のエネルギーに変換して利用される。電気の歴史は電気エネルギーと他のエネルギーとの相互変換の歴史として見ることができる。
1799 一次電池(Volta) 化学⇒電気
1808 アーク灯(Davy) 電気⇒光
1834 直流モーター(Davenport) 電気⇒力学
1859 鉛蓄電池(Plante) 電気⇔化学
1869 発電機(Gram) 力学⇒電気
1878 白熱電球(Edison) 電気⇒光
1897 ブラウン管(Braun) 電気⇒光
1926 ブラウン管で「イ」の画像表示(高柳) 電気⇒光
1954 シリコン太陽電池(Prince) 光⇒電気
この歴史において、かつて本質的に絶縁体であると見なされていた有機材料・ポリマー材料は、エネルギー変換のキーマテリアルとして用いられることは長らくなかった。ところが、ポリマー電解質、イオン液体、導電性ポリマー、有機半導体など「電気を操る」新材料が次々と登場するにいたって、有機材料・ポリマー材料は電気エネルギー変換の革新を担う材料として大きな期待を集め、盛んに研究開発が行われるようになってきている。
有機EL(あるいはOLED)は、電気を光に変換するデバイスである。薄型、軽量、自発光、フルカラーが可能という特徴をもち、携帯電話のようなモバイル機器に用いる小型フルカラーディスプレイとしてすでに実用化が始まっているが、さらに文字通りの壁貼りテレビ(超軽量大型平面ディスプレイ)の実現を目指しての研究が進められている。また、ディスプレイだけではなく、照明装置やプリンタ光源としても注目されている。有機ELの大きな課題は、デバイスの長寿命化と大面積デバイスの安価な製造技術である。とくに後者の課題に関しては、現行製品の製造に用いられている真空蒸着に代えて、塗布・印刷などのウェットプロセスでデバイスを製造する技術がキーになると考えられ、これを目指した材料の研究が盛んである。
太陽電池は、これとは逆に光を電気に変換する電気エネルギー生産のためのデバイスである。現状では、有機太陽電池は無機太陽電池の発電効率に及んではいないが、無機太陽電池と比べて大幅に低コストでデバイスを製造できるポテンシャルを有しているため、本格的に太陽エネルギーを利用するためのキーテクノロジーとしての期待が大きい。
石油やガスなどの燃料がもつ化学エネルギーから電気エネルギーを生産するためには、燃料を燃焼させて熱エネルギーとし、これを力学エネルギーに変え、さらに電気エネルギーに変える、いわゆる火力発電という方法がとられてきたが、化学エネルギーを熱を経由せずに直接電気エネルギーに変えられれば、シンプルなシステムで高い効率が得られるはずである。これを実現するデバイスが燃料電池であり、家庭用発電、自動車、モバイル機器電源など、様々な用途への展開が進められていると同時に、キーマテリアルであるポリマー電解質の研究が盛んに行われている。
電気エネルギーを蓄えるデバイスには二次電池とキャパシタがある。この分野では、リチウム二次電池がIT機器や自動車で盛んに用いられるようになり、近年急速な進歩をとげている大容量キャパシタも自動車用補助電源として有望視されるにいたっている。これらのデバイスの高性能化においてポリマー電解質、導電性ポリマー、イオン液体などの有機材料・ポリマー材料はますます重要になりつつある。
アクチュエータとは、エネルギーを運動に変換するデバイスである。今、有機材料・ポリマー材料を用いて電気エネルギーを直接運動に変換するアクチュエータの研究が注目を集めている。有機アクチュエータは、流体アクチュエータのような外部のポンプやモーターが不要、また金属を多用する電磁アクチュエータと比べて軽量であるという特徴をもち、将来のロボットの動力装置、人工筋肉として極めて有望なポテンシャルを有している。また、このような特徴はマイクロメカトロニクス分野でも有利で、能動カテーテルや小型カメラなどへの応用が探索されている。さらに、有機アクチュエータの技術を応用して、逆に力学エネルギーを電気エネルギーに変換する、すなわち発電の研究も行われている。
このように、電気エネルギー変換に用いる有機材料・高分子材料の世界は大きな広がりをみせつつある。しかし、実用化にいたったものはまだわずかで、それぞれの用途ごとにブレークスルーを要する課題が多数あり、これを解決すべく精力的な研究開発が進められている。本書では、その研究の現状、課題、将来展望を紹介したい。本書が読者の本分野に関する理解の一助となり、さらに大きな応用・用途への展開につながれば幸いである。
<大背戸浩樹>
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