序文

 高度に発達した学問領域でも、基礎的なことは意外なほど判っていない。10 年ほど前だったと記憶しているが、高名な金属材料の先生から「プラスチックのヤング率は架橋度で決まっているのですね」と聞かれて絶句した。プラスチックのヤング率が架橋の程度によって決まることは稀で、多くは高分子鎖自身の剛直性が支配する。
 なぜ、高分子材料は柔らかいのか、半透明なのか、結晶化していなくても固体なのか等の質問に直ちに答えることが出来る人はそれほど多くない。それでも研究開発を担当している技術者が日常的に相対するテーマはいずれも本質を聞いてくる。それは「現在の性能とは違うものを作る」という任務自体が研究対象の本質と密接に関係しているからである。
 1907 年にBaekeland によって発見された合成高分子はまだ100 年の歴史しか持っていない。青銅器時代、ヒッタイトの鉄器の発明からすでに3000 年以上を経る金属材料とはその歴史の長さが違うが、それだけ高分子材料は新鮮で未知の材料とも言える。そしてこれまで「使い捨て」が普通であったこの材料もようやく基幹的な材料として使われるように、材料としての信頼性が期待されるようになってきた。まずは、力学的疲労と燃焼性が焦点になる。例えば、プラスチックでエレベーターの箱を作っても、何時壊れるか判らず、さらに火災になる可能性がある間はとても使えないからだ。
 この本では、高分子の材料としての本質を意識して執筆し、現在、あるいは近未来に特に注目される高分子の性能に焦点を合わせた。もちろん研究途上の情報が多く、学問的に確定した内容ばかりではない。それはこの書籍が主として現場で日夜、新しい性能を有する高分子材料の研究開発や製品の信頼設計に悩んでいる技術者を対象としているからである。本著の中に少しでも現在の研究の行き詰まりを解決する糸口を見いだすことができれば望外の喜びである。
平成19年11月11日 著者記す
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