微生物産生ポリエステルの基礎と応用
 〜生合成、基礎物性、高次構造、成形加工、生分解性、応用展開まで〜
= 刊行にあたって =

 現在、石油合成プラスチックの抱える地球規模の課題として、石油資源の枯渇、焼却時に発生する二酸化炭素による地球温暖化、環境中で分解されないことによる環境破壊および生態系への影響などが挙げられます。これらを解決する方法として、再生産可能な植物バイオマスを出発原料として生産される「バイオマスプラスチック」と環境中の微生物の働きによって二酸化炭素と水にまで完全に分解される「生分解性プラスチック」の開発が期待されています。

 本著で取り上げている微生物産生ポリエステル(ポリヒドロキシアルカノエート、PHA)は、糖や植物油を原料として微生物体内で生合成されるバイオマスプラスチックであるとともに、自然環境中に存在する分解微生物によって山、川、海などの様々な環境下で分解する生分解性プラスチックでもあります。従って、石油合成プラスチックの様々な課題を克服できる持続可能で環境に優しい素材として最も注目されているポリマーの一つです。

 PHAは1925年にフランス・パスツール研究所のMaurice Lemoigne博士により発見されましたが、1960年代まで高分子科学者の間ではほとんど知られていないポリマーでした。1982年に、イギリスのICI社が生分解性を有する熱可塑性ポリマーとして本格的な生産に乗り出しましたが、様々な生産上および物性的な困難から真の実用化には至りませんでした。これらの課題克服が、PHA研究の歴史であり、現在でも課題克服に向けて様々な研究開発が行われています。

 生合成の観点からは、硬くてもろい物性を克服するために多くの共重合体の生合成に取り組んできました。それは、様々な合成微生物の獲得や遺伝子組み換え技術を用いた新規共重合体の生産です。共重合体第二成分の種類や含率の制御、分子量の増加、生産効率の向上など様々な取り組みがなされています。アカデミアを中心とした実験室レベルでの生産からパイロットスケール、さらには商業スケールへの増産は、菌体内蓄積率の制御が困難であるなど、一筋縄では行きませんでした。一方、物性的な観点では、ガラス転移点が室温以下であることから、二次結晶化が進行し、物性の経時劣化が生じる点が最大の問題でした。また、物性向上には必要不可欠な延伸操作を行うことが難しいこともあり、実用に耐える強度を備えた材料の開発には至りませんでした。

 しかし、産官学共同の下、多くのプロジェクトが結成され、また、高分子学会エコマテリアル研究会を始め多くの勉強会が立ち上がり、研究者の人数も増え、また長く研究を続けられることができるようになりました。このような研究の広がりは欧米の研究者とも連携し、1988年にカナダのトロントで第1回 International Symposiumon Biological Polyesters(ISBP)が開催されました。2010年には、会議名をInternational Symposium on Biopolymers(ISBP)に変え、2022年には第18回の開催をスイスのシオンで迎えました。次回は、2024年にマレーシアのペナンで開催される予定です。PHA研究のすばらしさは、微生物学、発酵学、高分子化学、高分子材料学、酵素学、環境科学など、専門分野の異なる研究者が共に集い、共同研究を遂行しながら進めている点です。

 本著は、このような観点から、PHA研究における様々な分野の現在のみならず過去の研究成果についても、敢えて著者の方々に執筆していただきました。PHA研究は、20年ぐらい前に一度大きなピークを迎えています。その時には、非常に多くの貴重な基礎研究や技術開発の報告がなされていますが、最近それらの成果が忘れられ、同じような研究が再度行われている節があります。これまでの研究成果に今一度目を向け、それらを知った上で最新の研究を進めていくことが必要です。PHAを、ポリエチレンやポリプロピレンなどの汎用樹脂を越える、環境に優しい持続可能な社会の構築に必要不可欠な素材として成長させるために、本著が少しでも貢献できることを祈っています。

 最後に、ご多忙中にもかかわらずご協力いただいた執筆者の皆様方に深く御礼申し上げます。特に、日々刻々と変化する微生物の命名法に対して貴重なご意見と新旧対照表の作成にご協力いただきました福居 俊昭 先生、柘植 丈治 先生、粕谷 健一 先生にはこの場を借りて厚く御礼申し上げます。

岩田 忠久
微生物産生ポリエステルの基礎と応用 
〜生合成、基礎物性、高次構造、成形加工、生分解性、応用展開まで〜
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