翻訳にあたって

 周知の通り、ナノテクノロジーは次世代の技術文明を担うべく、大きな期待を寄せられている新しい学問分野である。そこでは、伝統的な専門分野であるエレクトロニクス、機械工学、物理学、化学、磁性学、材料科学、それに生物学にまたがる広範な知識がブレンドされて、画期的なテクノロジーが開かれようとしているのだ。
 本書は、ナノテクノロジーがカバーする様々な分野を概説するとともに、将来的な発展が期待されるものとその際の問題点、さらには、究極の夢物語までを幅広く解説している。まさに、ナノテクノロジーに携わる者にとってバイブル的な意味を持つ1巻であると言えよう。
 序章である第1章は、中世のヨーロッパ文明に斬新な情報をもたらして、ヨーロッパ社会が東洋に先がけて豊かな発展を遂げるきっかけとなった、マルコポーロの逸話から説き起こされている。このことからもわかるように、各章の執筆者はいずれも、ナノテクノロジーが人類社会にもたらすであろう利便に関して自負と夢を抱き、世界の先頭に立って研究をリードしている面々である。
 各章は、それぞれの分野の位置づけと現状、それに将来の見通しを簡潔な中にも的確に解説すると同時に、基本的な原理もわかりやすく記されている。原書の出版(1999年)から数年を経た今でも、本書の内容が持つ先見性の新鮮さはいささかも薄れていない。本書は、いままさにナノメートル領域の研究・開発に携わっている大学、研究機関、企業の研究者はもとより、ナノテクノロジーに関心がありチャレンジ精神旺盛な者にとっては、必ず備えておきたい座右の書である。
 一口にナノテクノロジーといっても、それを扱う分野はエレクトロニクスから生物学まで多岐にわたっており、本書で使われている専門用語の訳出にあたっては困難に直面することがしばしばあった。また、直訳しただけでは理解し難い文章もいくつかみうけられた。これらについては、原文を括弧書きで示したり、訳者注をつける等して、極力原書の意図が読者にわかりやすく伝わるようつとめた。
平成14年初秋  廣瀬 千秋
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