古生物学の百科事典
刊行にあたって(一部抜粋)

 地球は誕生して46億年が経過していますが,生命は地球誕生から10億年も経過していない38億年前にはその痕跡がみつかっています.しかし,生命の起源となる物質が地球外から来たか,地球内で合成されたか,あるいは,浅海で誕生したか,深海で誕生したか,などいまだに多くの謎が解かれていません.その後,生命は真核生物,多細胞生物,無脊椎動物,脊椎動物など大型化・複雑化が進行していきます.巨大化した動物として,過去には体長20mを越える竜脚類,肩までの高さが5mに達する大型の哺乳類,昆虫でも50cmを越えるメガネウラ,ウミサソリも1mを越えています.現在でもクジラのように体長30m近い巨大な生物もいます.古生物学の研究では,今日ではみられないような多くの生物の姿を知ることができ,その多様性を強く実感することができます.

 古生物学のもう一つの特徴は,生命の進化を明らかにするために地質学,生物学,進化学,地球化学,環境学など多くの情報が必要とされる点にあります.進化や絶滅を理解するためには,そのときの環境変動や生物の応答を理解しておく必要があります.また,火山活動や隕石衝突のような地球内外の活動も知る必要があります.このような背景から,本書では,古生物学の歴史,層序と年代,地史,微化石,植物化石,無脊椎動物,脊椎動物,古生態,古環境,進化,生命史,人間とのかかわり,化石の研究法の13章の多岐にわたり解説を行っています.本書は,丸善出版からすでに刊行されている『動物学の百科事典』や『植物学の百科事典』などのシリーズと同様に「読む百科事典」となっています.各項目は見開き2頁(一部は4頁,コラムは1頁)で完結する読み物になっており,引用文献・参考文献は巻末にまとめました.さらに.付録として,古地理図(パレオマップ)や地質年代表も掲載し,いつでも参考にできるようにしました.

 また,古生物の研究は,形態を記述する従来の記載学的な手法だけでなく,酸素・炭素同位体比や有機物を使用した指標などを使った地球化学的な手法,X線CTスキャンなどを用いたデジタル科学,シミュレーションを用いた機能形態学の研究など,新しい技術を取り入れ,ますます広がっています.従来は,岩石中に含まれて取り出すことが難しいとされていた脊椎動物の骨格の標本であっても,CTスキャンを用いてデータを取り,コンピュータの中で組み立てることも可能となり,骨同士の組合せ型も容易に検証することができるようになりました.海洋プランクトンの化石では,化学的な分析を行うことで水温はもちろん,過去の二酸化炭素濃度も推定することができるようになりました.さらに,陸上の植物化石からも二酸化炭素濃度の検討がされています.これらの結果は,まだ十分とはいえませんが,多くの環境に関する情報を化石や堆積物の分析からも得ることができるようになり,以前よりもはるかに詳細に進化や絶滅の原因を論じることができるようになりました.未来の温暖化で生物にどのような影響が現れるかも,過去の古生物から得られたデータに基づき,議論されています.本書では,これらの新しい手法に関しても解説しています.

 日本古生物学会は1935年に設立され,現在も1000人を越える会員数があり,古生物のさまざまな分野にわたる国際的な学術活動を行うとともに,日本の古生物研究を主導する役割を果たしてきました.恐竜をはじめとする化石に興味をもつ人々は多く,学術的な面だけでなく,自然史科学の普及にも貢献しています.日本古生物学会の事業として,会員をはじめとする多くの方々に執筆をお願いしました.各執筆者とも,それぞれの分野で優れた成果を上げている方々で,最新の知識や情報をもとに各項目を執筆していただきました.例えば,各時代を表す地質時代表の境界は数年で改訂されていますが,本書では最新の2022年の成果に基づいて書かれています.

 本書の企画は2019年10月に提案され,2020年4月の第1回編集会議から約3年の期間を経て刊行することができました.今回,刊行することができたのは,執筆者,編集委員,編集幹事の皆様のご協力の賜物です.皆様に深く感謝の意を表します.

 本事典が長く皆様にご利用いただけるように,本書の作成に関わった一同,心から願っております.

編集委員長 西 弘嗣
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