出版にあたって
 生体膜の主要脂質成分であるリン脂質を水中に分散して撹拌や超音波処理を行うことで,袋状のリポソームと呼ばれる閉鎖小胞体(ベシクル)が形成されることが,1964年,Banghamらにより発見されました。この発見以来,リポソームモデル系は生体膜の機能解明に大きく貢献してきました。また,薬学・医学領域ではいわゆるドラッグデリバリーシステムとして利用されています。また,生体脂質のみならず,リポソーム様の構造(ベシクル)を形成する分子,高分子も数多く見いだされ,マテリアルサイエンスの新しい分野が進展し,さらに化粧品,食品などの産業面でも広範に利用されるに至っています。
 一方,ポストゲノム時代に入り,生命現象の要素としての物質の理解はもとより,その要素を統合して機能システムを組み上げていくことが可能な時代になってきました。人工的な生命体(人工細胞)への挑戦です。その際,生命進化の過程をみても明らかなように細胞膜モデルとしてのリポソームの果たす役割は不可欠でしょう。
 本書は,物理,化学,生物,薬学そして医学など広範な分野にまたがるリポソーム研究の基礎から応用まで,これまで得られてきた情報のエッセンスを集大成し,さらに人工細胞の実現を射程に入れた広義の人工生体膜としてのリポソームの科学,応用研究を網羅したハンドブックを目指しました。リポソームとは本来天然リン脂質の閉じた小砲体という意味ですが,ここではあえて様々な両親媒性分子が形成するベシクルに関する研究まで含めて取り上げています。
 第1編の“リポソームの科学”では,リポソーム(ベシクル)の構成分子,その集合体のキャラクタリゼーション,物性について最新の研究手法について概説されています。第2編では,物質の透過・輸送,エネルギーの変換,生体情報伝達に関わる実際の生体膜機能に関する最新の研究を概観するとともに,それぞれの機能モデル研究の最前線と対比する形で“人工細胞への挑戦”という章を設けました。また,細胞らしい機能を有する原始細胞モデル研究の最近の進展が議論されています。第3編の“はたらくリポソーム”では,バイオエンジニアリング,分析化学,医学・薬学さらに農学,食品や化粧品分野での実際応用まで現状を幅広く概観し,実用書としても充実した内容になっています。本書はリポソーム研究者の座右の書として活用して頂けるものと確信しています。また,今後のリポソーム研究のさらなる進展の一助となることを願っています。
 本書は,各分野の第一線で活躍されている研究者,技術者の方々にご執筆をお願い致しました。お忙しい中ご執筆を快くお引き受けいただき心よりお礼申し上げます。また,本書の企画提案から出版にいたるまで終始,熱意を持って協力してくださった松風まさみさん,松塚愛さんをはじめとするエヌ・ティー・エス編集企画部の方々に心から感謝申し上げます。
2005年5月 監修者  秋吉 一成  辻井 薫
 
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