発刊にあたって
 第3の生命鎖分子としての糖鎖の重要性が誰にでも認識される時代になってきたのは、糖鎖の研究者のひとりとして大変喜ばしく思います。わが国は伝統的に糖鎖科学の研究者が多く、現在なお、世界でもっとも研究人口の多いことも事実です。また多くの先達のご努力により、糖鎖の構造研究、合成研究、そして機能の研究にわが国は多くの蓄積があり、その上にたって、近年の多くの国際的にリードする数々の業績が生まれてきました。国際的な交流も盛んです。記憶にあるだけでも日米、日仏、日蘭会議、そしてゴードン会議、国際複合糖質学会、国際糖質化学シンポジウム、国際糖転移酵素学会などと枚挙にいとまがありません。これらの国際学会、研究会でわが国の研究者はどこでも主役をつとめています。また糖質関係の国際的な雑誌の多くの編集委員がわが国の研究者であり、掲載されている論文もわが国の研究者の層の厚さは自他ともに認めるところでしょう。
 いわゆるポストゲノムの研究に入り、タンパク質の50%以上は糖鎖による修飾を受けていることから、これまでのタンパク質研究だけでは到底本質を明らかにすることができなくなっています。それだけにこれまで、糖鎖のもつ多様性に起因する解析の困難性などが他領域の研究者からは敬遠されがちだったのも否定できません。タンパク質の研究者の多くが、これまで糖鎖を除去して、解析をすることが普通でしたが、ともすると、これからはそのような研究は再びすべてやり直す必要性すらあるかもしれません。タンパク質の結晶化を例にとってもこれまでは糖タンパク質や膜タンパク質などは敬遠されてきましたが、今後は避けては通れない重要な研究対象となっています。また今、流行のProteome研究もやはりこれまでは糖鎖の解析を避けて行われてきました。2次元電気泳動で観察される多様なスポットはほとんどが糖鎖の違いによるものであり、バイオーマーカーとしてもちいる血清タンパク質を考えただけでもいかに糖鎖が重要であるかは論を俟ちません。加えて糖タンパク質だけでなく、糖脂質、プロテオグリカン、GPIアンカーなどの研究も次々と新たな発見が蓄積されるようになりました。医学の領域を考えただけでも、感染、免疫、がん、発生、再生その他多くの医学とのかかわりが報告されるようになっています。
 いま糖鎖科学の研究者に問われていることは、糖鎖の重要性を発信するだけでなく、積極的に多分野との交流を深め、いかに融合的な研究へ発展できるかでありましょう。これまでも多くの優れた、しかも画期的な研究は多分野との融合的な研究から生まれたことは歴史が証明しています。もちろん国際的な交流と情報交換、リソースの共有、データベースの蓄積、若手の次世代を担う人材の養成も常に継続しなければならないでしょう。このような試みとして、すでにわが国は日本糖質学会、日本糖鎖科学コンソーシアムなどが中心に具体的な活動にはいっています。特筆されるのはわが国の糖鎖科学の研究組織はつねに生物系と化学系、また専門領域を超えた会員が集うことです。
 本書はこのようなわが国の研究者の背景のもとに、わが国を代表する研究者の方々にご執筆をお願いしました。本書は次世代の糖鎖科学はどうあるべきかという大きな課題に挑戦するだけでなく、Up to dateな成果をご紹介したつもりです。さらに、本書は糖鎖科学の領域以外の方にも糖鎖科学への関心をもっていただくきっかけになり、近い将来にこの領域への参画への一助となれば望外の喜びです。
 終わりにご多忙のところ、原稿を快く執筆してくださった多くの方々、また、(株)エヌ・ティー・エス編集企画部西村道子さんに、この場をお借りして厚くお礼申し上げます。
編集を代表して、梅雨明けの日本糖質学会初日、琵琶湖畔にて 谷口 直之
 
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