ゲノム編集食品 〜農林水産分野への応用と持続的社会の実現〜
はじめに
 人類最古の農耕は23,000年前に遡り,紀元前約1万〜 7,000年くらいから世界の各地
で農耕が開始されたとされている。現代の効率的な農業生産の実現には,肥料や農薬の
利用,灌漑施設の整備や機械化,そして優れた品種育成が不可欠であった。栽培作物の
改良は,有用な形質を持つ個体を選抜することから始まったと思われるが,20世紀に
なると交雑育種が普及し,優れた形質を積極的に集積することが試みられた。更に,目
的とする形質を有する育種素材の確保のため,放射線等を用いた人為突然変異や培養変
異,細胞融合,遺伝子組換え技術などによる変異の拡大が試みられてきた。その流れの
中で新たに誕生した重要な技術として,標的とするゲノム配列のみを改変するゲノム編
集技術がある。

 ゲノム編集技術は, 1996年に発表されたZFN (Zinc-Finger Nuclease) に端を発し,
2010年にTALEN( Transcription Activator-Like Effector Nuclease), 2012年にCRISPR/
Cas9 (clustered regularly interspaced short palindromic repeats/CRISPR associated
proteins 9)が発表された。CRISPR/Cas9 は取扱いの簡便さとゲノム編集効率の高さか
ら急速に普及し,2020 年にはノーベル化学賞を受賞した。これらのゲノム編集ツール
は,生物が有する数百万から数十億bp の塩基配列の中から特定の配列を見いだして正
確に切断することで,標的遺伝子配列の欠損,挿入,置換等の改変を可能にした。近年
ではバイオエコノミー戦略 (バイオファースト発想) に基づき, あらゆる生物の改変と
その利用が期待されている。ゲノム編集技術は医療分野,農作物や家畜等の品種改良,
有用物質生産, 環境問題に貢献できる有望な技術として注目が集まっている。
 2014年より開始されたSIP(戦略的イノベーション創造プログラム) の 「次世代農林
水産業創造技術」において,トマトやジャガイモ等において画期的な品種開発が試みら
れた。その成果として,健康機能性成分であるGABA(γ- アミノ酪酸)を高蓄積する
ゲノム編集トマトが2020年12月に監督官庁への届出など所定の手続きを終了し,社会
実装する段階に来た。

 2015年にエヌ・ティー・エスより発刊された書籍『進化するゲノム編集技術』では,
最先端のゲノム編集ツールの紹介や開発の可能性,ゲノム編集技術の動物や植物への応
用例等が取りまとめられている。前書『進化するゲノム編集技術』を発刊してから6 年
が経過し,数多くの研究成果とともにゲノム編集生物の取扱方針の策定など,ゲノム編
集生物を取り巻く状況が大きく変化した。そこで,新たなゲノム編集ツールなどの技術
開発とともに,農林水産分野等におけるゲノム編集技術の利用やゲノム編集生物の取扱
方針,最新の特許情報,国民理解の醸成への新たな取組などを紹介することで,ゲノム
編集生物の社会実装にいたる道筋を示すことを目的として本書を企画した。

 本書の作成にあたって,第一線の研究者や行政機関等の諸先生方に執筆の労を執って
いただいたことに感謝し,本書がゲノム編集技術の社会実装と社会貢献の一助になれば
幸いである。
2021年1月
田部井 豊

※ 2021年1月現在。変更の可能性があります
ゲノム編集食品
〜農林水産分野への応用と持続的社会の実現〜
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