発刊序文

 高真空の特徴的な性質は多くの生産装置や精密科学装置に積極的に利用されている。真空雰囲気の気体の平均自由行程が十分に長くなると,真空中に放射された種々の微粒子(分子,イオン,電子など)は残留ガス分子と衝突することなく,直進飛行できるようになる。真空蒸着装置やスパッタコーティング装置はこの性質を利用して,蒸発物質あるいはスパッタ物質をターゲットにコーティングしている。
 ナノテクノロジーの研究が盛んに行われている今日,電子顕微鏡やオージェ電子分光装置が多用されているが,これらの表面分析装置は微細な電子ビームをプローブとして,二次電子や特性X線を検出する。これらの精密装置には高真空あるいは超高真空が必須である。
 本書『マイクロ・ナノ電子ビーム装置における真空技術』は三部構成になっている。
 第1部「真空計の基礎設計」では,各種の真空ポンプ,真空ゲージ,そして洗浄やリークテストなどの実用技術,さらに各種真空材料の表面処理技術など,真空計の基礎設計に必要な基礎の知識を記述している。「圧力シミュレーション」の章では,複雑な高真空系を真空回路(多くの真空抵抗からなる線形回路)に置換して,既存の電子回路シミュレータソフト(Spiceなど)でシミュレーションする技法をその基礎概念と共に詳しく紹介している。どのような真空装置であれ,その真空計の基礎設計に携わる技術者に役立つと考えている。
 第2部「マイクロ・ナノ電子ビーム装置の真空システム技術」では,主に電子顕微鏡の真空システム技術について扱っている。今日の電子顕微鏡では,フィールドエミッション電子銃が用いられており,10-8Paオーダの超高真空が必要である。一方,カメラ室には,大量の水蒸気を放出する電子感光フィルムが用いられているので,多段の差動排気系を構成する必要がある。このように,高真空から超高真空にまたがる真空技術が利用されており,そこで研究・開発された真空システム技術は,他の多くの真空装置に応用できる。
 第2部では,電子ビーム装置に必須のテーマである放電,電子線源に関する章を設けている。これらの内容は,とくに各種の電子線装置の設計者とユーザにとって有用であろう。
 第3部「真空技術の基礎とJIS資料」ではJIS(日本工業規格)として発行されている真空技術関連の用語,図記号,真空装置用フランジを紹介し,次に気体分子の運動や表面でのガス分子の作用など真空の基礎理論関連の諸式をまとめている。
 本書の特徴は多くの研究論文を引用し,その中心的検討部分を比較的詳しく紹介していることである。このことによって,これらのテーマに対して読者の理解が深まると考えている。
 本書には著者が日本電子株式会社に在職中に研究仲間と共に行った研究論文も多数引用させていただいた。本書の発刊に当たり,日本電子株式会社と,長年にわたって共に研究した仲間,そしてその代表として平野治夫氏に,厚く感謝の意を表します。
2003年12月  吉村 長光 著
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