発刊にあたって

 今、DLC膜に熱い視線が注がれている。DLC膜そのものを応用した製品ばかりでなく、DLC膜製造装置や評価装置などの製品が続々商品化されている。DLC膜は、金属・軽金属表面改質層、ハードディスク・磁気テープ表面潤滑層、刃物工具硬質層、金型表面層、ピストン内面潤滑層として実用化されているばかりでなく、医療器具・用具、ディスプレイ、燃料電池、水素吸蔵材料など将来展開も楽しみな材料である。DLC膜はスパッタ法、カソードアーク法、レーザ法などの真空プロセスで製造されるため、製造装置は付加価値が高くさらに工夫のしがいのある商品となっている。最近では常圧下でのDLC膜の合成も可能になってきたことから、さらなる新商品開発の可能性がでてきた。DLC膜の評価はたいへん難しく、いまだに数千万?数億円といった評価装置が必要な分野でもある。今のところ生産管理をきちんとやっていれば一定の性能を示すDLC膜を製造することは可能なので、それほど高価な評価装置は生産現場には必要ないが、医療用具などきわめて高い信頼性が求められる分野に進出したり、全く新しい分野に進出したりするときには、高度かつ高価な評価装置が求められるようになる。
 学界では、DLC膜の合成、構造、特性、性能に関して熱い議論が行われている。DLCはダイヤモンドライクカーボン(diamond?like carbon)の略で、アモルファス炭素の中でもとくにsp3混成軌道結合した炭素を多く含む不規則構造からなる準安定な硬質アモルファス炭素である。DLCという用語があやふやであるため、わが国では多数の大学・研究所が連携して「アモルファス炭素系薄膜の科学」研究会を組織し、用語の定義を行うべく活動している。とくに、アモルファス炭素膜を分類して、分類ごとに応用先をリンクさせて、知的財産として新しい炭素膜が提案されたとき、より明確にその炭素膜としての権利が守られるように、整理された定義を提案しようとしている。
 本書は、産業として先行する企業と、その先の未来を提案しつつ知財を整理しようとする大学・研究所との熱い思いが込められた一冊である。両者とも発展途上なのですべてを明かすことができず、読者には少々物足りない部分や不明な部分も出てくるかもしれないが、そのようなときにはぜひこの分野の議論に積極的にかかわって、新しい風を入れていただければ幸いである。  本書は、前半が産業分野、後半が学術分野で構成されている。本書がDLC分野におけるわが国の産業振興に大きく寄与してほしいと願っている証左である。さらにそれを学界がしっかり地固めしているという意味を込めている。本書の編集には、日本アイ・ティ・エフ株式会社 中東孝浩氏、東京工業大学大学院助教授 大竹尚登氏と長岡技術科学大学教授 斎藤秀俊がかかわった。中東氏はDLC膜を中心にセラミックス薄膜に関する産業界の動向にたいへん詳しく、前半の編集を主にお願いした。大竹氏はアモルファス炭素薄膜全般に関する学術分野に長くかかわっており、産業界ならびに学界からの信望の厚い研究者であることから、後半の編集を主にお願いした。斎藤は全般を調整した。不慣れもあり、様々な思い違いや取りこぼしがあるかもしれないが、読者から指摘を謙虚に受けて今後の参考にするつもりなので、ぜひお気づきの点はお知らせ願いたい。
 最後に、出版の機会を与えていただいた株式会社エヌ・ティー・エス代表取締役社長 吉田隆氏、本書の編集に総力であたっていただいた編集企画部の村上一尚氏、松風まさみ氏はじめ関係各位に心から感謝申し上げる。
平成18年3月 長岡にて 長岡技術科学大学教授  斎藤 秀俊
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