抗菌剤,防カビ剤は,1996〜1997年にかけて,大ブームとなった。消費者の要請に応え,家電製品,耐久消費材,文具および建材などの種々の抗菌剤グッズが製品化された。この時期に著者らは,『抗菌剤の科学:Part1,・2』(1,2)を工業調査会から出版し,1997年に(株)エヌ・ティー・エスから『抗菌・抗カビ剤の検査・評価法と製品設計』(3)を出版した。その後7〜8年が経過し,抗菌剤,防カビ剤は,それぞれの製品分野で広く一般に定着した。しかしながら,この数年,食品関係ではBSE(牛海面状脳症),鳥インフルエンザ(高病原性鳥インフルエンザ),また感染症関係では,SARS(コロナウイルス:重症急性呼吸器症候群)(4,5)が日本だけでなく,世界各国で流行し,社会問題となった。一方,抗ガン剤,喘息薬などの副作用の少ない投薬方法が提案され,より副作用の少ない化学療法,放射線療法,免疫療法が提案され,近年,具体的な薬品や機器が商品化されはじめている。また,2000年から介護保険制度が実施され,健康,ヘルシーのキーワードが日常用語となったこの時期に,新たな視点で『抗菌・抗カビの最新技術とDDS(drug delivery system=薬物送達システム)の実際〜SARS,新興感染症対応から製品設計・評価まで〜』を出版することになった。
 この10年,エイズ,エボラ出血熱,インフルエンザ(ヒト)などの疾病が絶えず,世界の話題となった。この数年では,SARS,BSE,鳥インフルエンザなどの感染症が世界を震撼させている。また,病原性大腸菌:O157が根絶されることなく今日に至っている。このような世界動向から再び抗菌剤,抗カビ剤,VOC(揮発性有機化合物),電磁波障害など身近な生活空間,生活環境下での安全性がこの数年著しくクローズアップされている。

 “抗菌剤”,“抗カビ剤”や“抗菌グッズ”が,なぜ好評であるのか。当初,この種の抗菌抗カビ製品は,一次的なトレンドと批評する評論家も少なくなかったが,著者らが,前著1)『抗菌剤の科学』にも詳述したように,こうした製品は「現代社会がもたらした病」と位置づけた。したがって現在では,省エネを配慮した新しい生活空間でのクリーンなアメニティで,セイフティ,ヘルシーといったユーザーの清潔志向,健康志向に応えるものである。したがって決して一次的なものでなく,ユーザーのニーズの本質と深層を把握し,今日では生活関連製品として定着化している。
 特に,この1年間の大きな変化は,病原性大腸菌:O157,腸炎ビブリオ菌,サルモネラ菌やボツリヌス菌による集団食中毒であるが,これらは一向に減少していない。また,プール,噴水やビル空調で感染しやすいレジオネラ菌などによる感染も決して減少していない。さらに,SARS,鳥インフルエンザ,BSEの恐怖は,感染症や食中毒を過去のことのように考えがちな,われわれに対する重大な警告といえる。
 また,抗菌剤,抗カビ剤応用製品の特徴としては,1.これらの応用製品がさらに増加し,とくに空清機器(空気清浄機器,脱臭機器,エアコン,ビル空調機器など)のフィルターとして,各社が一斉に採用したこと。2.抗菌剤が,壁紙,建築内装材に採用され,抗菌仕様がシステム展開のトレンドにあること。3.抗菌剤や電解イオン水を用いた手指洗浄機器が,病院だけでなく,レストラン,ファーストフード店,コンビニエンスストア,回転寿司屋,介護関連製品,車載関連製品などで採用され,都会を中心に全国に展開していること,などが挙げられる。
 また,国民生活センターが,1997年5月以来,台所,洗面所,風呂などの抗菌加工製品の商品テスト結果を定期的に公表し,指導を開始したこと,抗菌に関する講習会やセミナーが増加し,参加者がさらに増加していること,抗菌剤に関する単行本,便覧や雑誌の記事が増加し,好評であること,などがこの1年の大きな変化である。
 著者らは,省エネを配慮した新しい高気密高断熱ビルや住宅でのクリーンな生活空間で,ヘルシーでアメニティな生活を達成するために,高機能材料として抗菌材料,抗カビ材料と触媒脱臭材料を研究開発し,生活関連機器に採用し,ユーザーニーズに応えてきた。

 人は皆,よりよい環境や住みやすい住宅を求めて,日々研鑚を重ねている。ところが,人にとってよりよい環境は,シロアリ,ダニ,微生物やカビなどの不快な生物や害虫にとっても住みよい環境にもなる。
 第一次石油危機を契機に,かつての風通しの良い日本建築に取 って替わって,都市を中心にワンルームマンション,集合住宅,高層住宅化がますます進行している。このような住宅では,気密度の高いアルミサッシが使用され,さらに省エネの観点から,優れた断熱材を十二分に使用した高気密,高断熱性住宅が建設されている。
 かつて,このような省エネ性と快適性を目指して,高気密,高断熱性住宅が,北海道を中心に開発され,実用化された。そして,当初の目標である省エネ性と快適性が十分に達成され,設計者にもユーザーにも一応の満足が得られた。ところが数年後,シロアリ,ダニ,微生物やカビによる悪臭,不快性などの被害が表れた。北海道のような寒冷地でさえ,シロアリ,ゴキブリ,蚊,ダニなどの不快な生物の被害が発生していることがはじめて判明した。前記のように,このような住宅は,新築当初は人にやさしく,きわめて快適であるが,反面,人にとっては不快で,害虫でもあるシロアリ,ゴキブリ,ダニをはじめ,悪臭を発生するカビや微生物にも住みよい快適な住処でもある。
 本書では,このような市場背景と需要動向を解説し,無機,有機,天然抗菌抗カビ剤の種類とその特徴,代表的な微生物の毒性とその症状,文化財の保存の観点での抗菌抗カビ剤の種類とその役割の概要,人と地球にやさしい抗菌剤を歴史的背景から選択した銀系抗菌剤の抗菌剤全体の中での位置づけ,銅系・銅系ステンレス,新しい加熱殺菌方法など新しい抗菌剤の開発の可能性を概説した。さらに,抗菌抗カビ剤の応用製品,またこれらの薬剤を効果的に対象物に拡散させるためのDDSの今後の市場,技術動向などを紹介した。
 このような抗菌剤は,決して若い女性だけのものでなく,21世紀を迎え,高齢化社会の到来や健康関連製品の充実,われわれの貴重な文化財を末永く後世に保存することなどを勘案すると“人と地球にやさしい抗菌剤”は,次世代のきわめて重要な基盤要素技術でもある。このことを本書でさらに強調し,概説した。
 DDSとは,患部,病巣などの目的とする作用部位へ適切な濃度の薬物,抗菌・抗カビ剤を適切な速度で,送り込めるように設計された薬物投与システムのことをいう。DDS薬の簡単なものは,痒い部分に塗りつける水虫の薬や,皮膚病の薬や痔などの座薬,貼り薬の類もである。すなわち,どれも悪い部分を狙い打ちし,じっくり効かせるものである。多くの医薬品は,吸収された後に作用部位に到達して効果を発揮するが,作用部位以外の不必要臓器にも分布することや,血中濃度の山と谷の差ができることなどで,大なり,小なりの副作用は避けがたい。近年,このような薬物治療の欠点を改善するため,薬物送達システムの研究開発が,遺伝子工学,高分子化学,材料工学,マイクロマシン工学などの先端技術の支援を得て著しく進展している。

 本書の発刊において,とくにウイルスの基礎知識と抗菌技術開発にあた っての諸注意および抗菌剤の各種ウイルスの評価の分野では,上田重晴大阪大学名誉教授に監修のご尽力をいただいた。また,研究・開発の第一人者である二十余名の執筆者には,ご多忙であるにもかかわらずご執筆を快くお受けいただいたことに,心からの謝意を表します。
 併せて(株)エヌ・ティー・エス編集企画部の松風まさみ部長や冨澤匡子主任のご協力とご指導に感謝いたします。
【引用・参考文献】
1)西野敦,冨岡敏一,富田勝巳,小林晋「抗菌剤の科学T」, 工業調査会,(1996)
2)西野敦,冨岡敏一,荒川正澄「抗菌剤の科学U」, 工業調査会,(1997)
3)西野敦「抗菌・抗カビ剤の検査・評価法と製品設計」(株)エヌ・ティー・エス,(1997)
4)厚生白書,(株)ぎょうせい(1996)
5)厚生労働白書,(株)ぎょうせい(2004)

西野  敦
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