実践 エマルション安定化・評価技術
はじめに

 エマルションの製剤化技術は,油性基剤の特性の欠点や短所の改善,機能・効果の向上, ファション性の賦与などの利便性が図れることから,化粧品をはじめ,トイレタリー製品,医薬品, 化学品などの広範囲な産業分野で注目されている基盤技術の1 つといっても過言でない。

 これまで,エマルション関係の参考書,技術解説書は多数発刊されている。 その技術内容は学生が大学の専門課程で習得する教育現場の教壇的教育,暗記の知識で, 現場で活用される資源としての知識や技術からはかなり乖離しているように思える。ここで, 書籍のタイトルに「実践」をいれたのは,現場での「経験学習」に視点を置き, 従来の学んできた皮相的な知識や技術を,現場の経験や批判力,省察力などで培った知識で, 「乳化・分散」系のさまざまな現象を見る前の知識を改善することにある。

 「エマルション」科学は,主に(1)乳化剤の合成技術開発,(2)乳化剤の選定・最適化評価技術, (3)乳化(プロセス)技術,および(4)製剤の安定化評価技術などの要素技術から構成されている。 これらの要素技術の中で安定な乳化製剤を生産するためには,“乳化剤の使いこなし方” に負うところが大きい。しかし,この“乳化剤の使いこなし方”はとにかく, 個人的な経験に依存しているため,任意性が大きく,課題解決に障害となる場合が見受けられる。

 一方,最近のエマルションの組成物に注目すると,機能・効果の向上,ファション性の付与などから, さまざまな成分が配合されている。そのため,従来の水と油といった単純な組成物ではなく, 極端な場合,従来の製剤化技術では考えられない静電気的相互作用をするアニオン界面活性剤と カチオン界面活性剤含む組成物(例:2-in-1 shampoo)も市場に出回っている。

 安定なエマルションを製造するためには,
(1)乳化剤の選定・最適化評価技術
(2)物質/物質間の相溶性
の視点から,科学的にアプローチを試みることが必要である。

 そのためには,従来のGliffin のHLB 方式に加えて,有機概念図法による乳化剤(界面活性 剤)の性能・機能に関わる(親水性/疎水性)比)の指標値(IOB;Inorganic-Organic Balance), 物質/物質間の相溶性の指標値(溶解度パラメータ(solubility parameter))および拡張HLB 値 などを重層的用いて組成物の安定化を図ることが必要である。

 本書では,「乳化」の性能・機能に関わる指標値を駆使し,科学的な視点から,乳化剤の選択, 乳化剤の組み合わせ,配合順序などの乳化技術を習得することを目的とする。指標値の計算法 は,練習問題を解きながら理解できるように構成している。習得したこれらの指標値は単に乳 化現象に留まらず,広く,洗浄,分散,可溶化などの界面現象に展開できる。今回は特に,研 究者および生産現場でも同じ技術概念でコミュニケーションが図れることを目的として,指標 値に関わる算定式はできるだけ簡便で,実用的かつ基礎研究にも十分に耐えるものを選定した。

 最終章では,エマルションの産業分野への応用の将来展望を「エマルション」の技術開発の視 点から言及した。「エマルション」技術は広範囲な産業分野で利用されている基盤技術の1 つ といっても過言でない。しかしながら,その応用技術開発の推移は産業分野間で,多岐にわたっ ている。このような状況の中で,「エマルション」技術の将来展望を予測することは,トイレタ リー分野を少々かじった程度の拙者の能力を遥かに超えているものである。

 しかしながら,視点を変えて,「エマルション」を技術開発の視点から眺めたとき,「エマルショ ン」の科学技術は,乳化剤の性質とエマルションの型について,従来,行われていた経験則を 整理した「Bancroft 則」の報告を始点とすれば,まだ100 年足らずの浅い学問体系でもある。 したがって,「エマルション」の技術開発の根底に流れる科学思想の推移をマクロ的な視点で, 視触すれば,普遍性の高い事象が存在するように思える。

 乳化技術開発の要素技術は,前述したように,4 種類の要素技術から構成されている。これ らの要素技術をそれぞれ時系列的に並べても単調である。過去,数十年間を振り返り,「エマ ルション科学」として,今後,産業界の発展に影響を与えると思われる「萌芽技術」のいくつか の事例紹介で,将来展望に代えたい。

 

 2020年7月


堀内 照夫
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