光産業、情報産業の発展に伴い光学樹脂に対する期待、関心度が益々高まっていることは改めて申し上げるまでもない。「透明プラスチックの最前線」と題する本講演会を企画したところ、開催2週間前にすでに受付定員をオーバーする盛況ぶりであったことも当該分野に対する注目度の高さがうかがえるものであろう。
光学樹脂に望まれる機能は多岐にわたり、材料開発はいよいよ大変である。筆者は、企業において素材開発の基礎研究に従事しているが、最近では化学系の研究者以外に物理・電気・機械系など異分野の研究者と接する機会が増えてきた。そして彼らからの無理難題とも思われる要求に悩まされることもしばしばである。
「波長○○の範囲での透明性は大前提であるが、熱をかけても分解/膨張しない材料が欲しい、屈折率が高い/低い材料が欲しい、アッベ数は○○位、複屈折は○○位、電気抵抗は○○位、力学特性は○○位、吸湿性は○○以下、加工性のいいもの・・・当然安価で。」
それら単独の特性もままならないのに複数の特性が同時に必要だという。また、透明性に対する要求(波長域、透過率等)にも、様々なレベルがあることはいうまでもない。
これまで数多くのプラスチックが開発されてきたが、公知の材料のみでは高まる要望に応えきれないのが現状であろう。大抵は原理的なトレードオフに行き当たり苦労している。
例えば、ポリマーの熱膨張抑制や、高強度化に対して結晶性を付与したり分子配向性を高めることは有利であるが、透明性に対しては不利な方向となる。
高屈折率化や、低抵抗化に対しては、自由電子が動きやすく分極しやすい構造が有利であるが、やはり光学的透明性とは逆方向である。
ナノ粒子をハイブリッドして、種々の材料特性を向上させる研究も盛んに行われているが、レイリー散乱とのトレードオフを考えながら慎重に材料設計することが必要となる。
光学樹脂はガラスやセラミックスとしばしば比較される。プラスチックは機能は劣るが安いという見方をされるケースが多い。安くて性能を満たせば、工業的にはプラスチックであろうがガラスであろうが関係ない。もちろんポリマーならではというものもあるが、プラスチックというだけで価格が安いことが期待されるのも、材料開発者にはつらいところである。 プラスチックが膨張しやすいのは当たり前である。無機物に比べて耐久性・耐熱性が低いのも当たり前、無機物ほど硬くないのも当たり前である。有機物は利口かもしれないが体が弱くて信用ならないなどと異分野研究者から批判を受けることもしばしばである。 反面、だからしなやかで、軽量で、加工性が良いわけである。一次構造に精密な細工を施し、高次構造体として高度に制御された機能を実現するというポリマーならではの使い方があるわけである。  難しい状況を打破していくためには、種々の専門分野の研究者が歩み寄り、ぎりぎりの接点を求めてそれぞれが最大限の力を発揮することが必要であろう。
 例えば、ポリマー上に無機薄膜を設置したいが無機薄膜の特性を満足なレベルにするためには高温が必要であるという。現実的接点を見つけるためには、ポリマー材料の耐熱性レベルアップのみならず、無機層形成プロセスの低温化のアプローチも必要であろう。
ポリマーは準安定状態の材料である。処理条件、成形方法によって、高次構造が変化するため、透明性・複屈折等の光学特性、熱膨張・ガラス転移温度等の熱特性、弾性率・破断伸度等の力学特性に至るまで様々な物性が変化する。
一次構造の設計と共にその能力を最大限に発揮させるための高次構造制御技術、「準安定さ」度合いを十分認識した上での実用上の使いこなし技術が極めて重要なのはいうまでもない。
素材を開発する上で、材料技術(シミュレーション、構造設計、合成技術等)、高分子物性(熱物性、力学物性、レオロジー、電気物性等)、光学、成形加工など様々な知識が必要な時代である。
光とは何か? 透明性とは何か? 屈折率とは何か? 複屈折とは何か? 熱膨張とは何か? ガラス転移とは何か?・・・本質を理解せず良いものができようはずがない。
ありきたりのことばかりしてもなかなかトレードオフから抜け出せないのも事実であるが、原理を考えず奇をてらったことばかりしてもなかなか驚くべき発明には至らない。

「本質を見据え、原理原則を踏み外さぬ様に注意した上でひねりどころを考えることが必要」・・・などと、自分自身に言い聞かせつつ、「本質」を見つめ直す機会として地に足のついたお話をお聞かせ頂ける先生方にご講演をお願いした次第である
大林 達彦
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