新訂版の発刊にあたって

 日本の消費者は,悪徳業者による食品虚偽に騙され続けている。前書の「食品のうそと真正評価」の出版から丁度三年になった。前書の目的は,「過去の食品詐欺の実態紹介」,「食品の真正とはどういうことか」,「どのようにして食品のうそを発見し,それを防止するか」について,食品の技術者・研究者や産業人に理解していただくことであった。本書も目的は同じであるが,その後の事件や研究成果を加え,一般消費者にも理解いただける技術書であることに努めたつもりである。
 2000年8月の雪印乳業の不祥事は,同社が代表的優良企業と思われていただけに,その衝撃は大きく,食品企業への消費者の不信が一気に高まった。2001年9月にはBSE第一号が発見され,食品の安全性が大問題になり,消費者を軽視し続けた農水省に非難が集中した。さらに翌2002年1月には,雪印食品の政府買上げ牛肉詐称事件が発覚し,食肉や米の産地や銘柄詐称が次々に明らかにされ,今日に至っている。そして,このBSE事件と牛肉詐称事件は,日本の食品行政に大きな改革を迫ることになった。
 食は命の根元であり,われわれ消費者には,安全で純正な食品をできるだけ安価に求める権利がある。筆者は過去50年間,食品の研究開発に関わって働いてきたが,本書を書こうと思った理由には,日本の食品に関する不透明性と,品質と価格の矛盾があった。突出した国産米の価格は,国際価格の5倍以上である。自由化後は世界中から安価で優良な食料が大量に輸入されており,通関統計にみられる農産物価格の安さに驚かされる。日本の基礎的食品価格は,先進国のおよそ2倍の最高水準で,農業保護が徹底したスイスに肩を並べる。
 日本の国民一人当たりGNPはサミット8か国中最高で,アメリカ国民の約1.1倍であり,しかも,国民の所得格差は世界の最低位にある。日本の食品価格を異常に高めている原因は,農産物生産,食品の生産流通機構の後進性にある。日本の農家の規模はヨーロッパ諸国の数十分の一と極めて零細なうえ,多くの食品産業は未成熟であり,合理性が追求されていない。零細で未成熟な日本農業は,税金からの膨大な補助金,つまり世界に誇る多くの先端的製造業が築いた富で支えられている。このように高価な農水産物や食品に,さらに詐欺や詐欺的行為が行われ,消費者に被害を与えている。
 現在報道されている食品詐欺の大部分は,産地や銘柄偽称の段階で,いわば初歩段階の食品詐欺である。牛肉やウナギが国産であれ外国産であれ,コシヒカリが魚沼産でなくても,品質がよく美味で,値段が適正であれば消費者に実害はない。また熟練した消費者にとって,生鮮食品の良否を見分けることは,さほど難しくない。しかし,食品の加工度が高まるほど,中味の真正は判断しにくくなる。現在,すべての加工食品に内容表示が義務づけられており,含有量の多い順に表示することになっている。しかし,EUとは異なって,主要成分と水分の%表示は義務づけられていない。そこで,安価な異種原料混合や水増しは,JASマークのある食品や牛乳・乳製品以外は,表示違反のない限りは自由に行うことができる。
 食品のうそと水増しを専門用語で「偽和」とよび,偽和とは単純な産地詐称のことではない。欧米先進国は百年以上をかけて,偽和の摘発と防止対策を実行してきたが,それでも食品の不正は後を絶たない。過去20年間をとっても,欧米食品の偽和は,調査村象の数%から数十%に達している。行政による真正チェックが実質的に行われず,あいまい表示が合法である日本では,実態は不明であるが,食品不正は先進国中で最大であろう。消費者はただでさえ高価な食品に加え,悪徳業者にプレミアムを支払っている。さらに食品輸入大国の日本では,国内製造業者が,悪徳な輸出国業者や輸入業者の標的にされている可能性がある。
 昔から商行為には,誇張とごまかしがつきものであった。ごまかしは商人に限らず,役人や政治家も都合の悪い情報を隠蔽し,納税者や消費者を納得させようとしてきた。政治や行政は現状を追認し,集票力や財力のある特定の産業や団体の利益を優先している。世の中の正義と公正とは何かを明確にして,それを実現するのは政治と行政の重大任務である。本来の民主主義が定着していない日本では,消費者権利の拡大は消費者自身の運動で獲得するしかない。
 食品の安全問題は最重要事項である。しかし,食品偽和は意図した犯罪であり,消費者の経済的損失は大きく,また公正な業者の経営を著しく損なう。筆者は,この本が食品の偽和排除に役立ち,食品の品質が向上し,楽しく健康的な食生活に貢献できることを願っている。
 筆者が現在まで,食品に関わる仕事を続けられたのは,絶えず仕事を与えて下さった企業の皆様のおかげである。また本書の出版に当たっては,株式会社エヌ・ティー・エスの吉田隆社長,臼井唯伸氏らには,ひとかたならぬお世話をいただいた。これらの皆様の恩恵に心からの深い感謝を捧げる。
謝辞

本書では,本文中に列記した書物,その他多くの論文を参考に,また引用させていただいた。特にP.R.Ashurst,M.J.Dennis両氏編著のFood Authentication(1996),Analytical Methods of Food Authentication(1998),ともにChapman & Hall,London出版からは以下に列記した図を使わせていただいた。また,フランスで2年おきに催される「食品真正と安全国際シンポジウム(FASIS)」での講演から,図を含めて多くを引用させていただいた。これらの著者と著作権者に,深く感謝申し上げる。

(1)P.R.Ashurst and M.J.Dennis eds.,Food Authentication,Chapman&Hall,London(1996).から,本書第2章の図3−1,3−2,6−1,6−2,6−3,6−4,6−5を引用した。
(2)P.R.Ashurst and M.J.Dennis eds.,Analytical Methods of Food Authentication,Chapman&Hall,London(1998).から,本書第4章の図2−1(a)(b)(c),3−2,4−1を引用した。
These Figures were translated by permission of Kluwer Academic Publishers,All rights reserved.
2003年8月12日  藤田 哲
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