監訳にあたって

 21世紀の初頭に至り,生物学の基盤を形成している基礎知識は急速に変容している。生物学の基本原理をもとに組み立てられている医学と,医学の実践形態である医療が,近い将来変貌することは当然の帰結と言える。実際的な医療のかたちとして組織工学や再生医学が利用されるに至って,初めて国民一人ひとりが学問の進歩を享受することが可能となる。組織工学や再生医学がもたらすであろう治療効果の恩恵を心待ちにしている患者は,多数存在している。本書はその日の到来を一日でも早めるために,わが国の関係諸氏の日々の活動に役立てていただくことを目的に翻訳されたものである。
 分子生物学の進展と,遺伝子解析の手法および遺伝子発現の調節機構への理解から,機能を有する微量タンパク質の構造と機能を遺伝子レベルより解析する方法が開発された。その過程で発展を遂げた各種の技術の応用により,細胞生物学と組織培養法や各種成長因子への理解が深まり,ことに,発生と分化に関する学問知識は急速な発達を遂げた。stem cell(幹細胞)という概念の確立,神経細胞の再生,さらには脳の実質細胞の再生やヒト神経系の幹細胞系樹立成功など,従来の常識を書き換える発見が数多くなされている。そのうえになし遂げられた高分子化学の発達と材料工学の目覚ましい進展は,組織工学から再生医療の分野に至るまで,革命をまさに起こそうとしている。
 この時にあって,この分野の第一任着であるAdvanced Cell Technology社のRobert P.Lanza,マサチューセッツ工科大学のRobert Langer,そしてハーバード医科大学のJoseph Vacanti博士らにより,本書の原本であるPrinciples of Tissue Engineeringの第二版が2000年に出版された。同じ題名の第一版が出版されたのは1997年であり,この3年間に学問分野が急速に進展したことを受けて,第二版は大幅に改訂されている。ことに臨床応用のための人体での治験の結果やその中問報告等を多く網羅しているのが特徴である。
 本書は,まず再生医学と組織工学の歴史を踏まえての将来展望から,細胞の分化と増殖,生体内での組織発生の調節,試験管内での組織と器官の.合成,組織工学のモデル,組織工学分野でのバイオマテリアル,作製した細胞や組織の移植,胎児組織工学,遺伝子治療に至る詳細な記述に続いて,各論として,乳房,心血管系,角膜,代謝と内分泌,消化器系,造血系,腎泌尿器系,骨および筋肉系,神経系,歯および口腔系,皮膚,人工子宮,そして最後に組織工学と再生医療や細胞治療の実践に関係する法規と規制の問題に至るまでと,まさに包括的に詳述されている,他に類を見ない好著である。
 この本を翻訳するにあたって,監訳者として第一に意を用いた点は,できる限り専門分野の研究に実際に従事しておられる方々に翻訳の労をお願いしたことである。第二に,用語の統一と,できる限り平易な表現に調整したことである。このため,監訳者の責任で書き改めさせていただいた個所も存在し,したがって,文責はすべて監訳者にあることを申し上げたい。
 わが国の再生医療と組織工学に対する関心がいよいよ高まる中での本書の出版は,まさに時を得たものである。今後のわが国における組織工学と再生医学に関する基礎研究,さらにその結果としての臨床応用を促進する一助として,専門家はもとより,この分野に興味を持たれる研究者や学生諸氏に本書を利用していただけることを心から願う次第である。
2002年1月  大野 典也
相澤 益男
Forword 序言

 新世紀への歩みを開始するにあたり,われわれがどのように歩んできたかを振り返って認識することは重要である。こうした展望があって初めて未来を見つめて,将来可能となることを心に描くことが現実的なものとなる。
 組織工学は,今現在われわれが真価を認めている以上に,将来的には,より大きな重要性を持つことになるであろう。臨床医学の改変,発生生物学でのメカニズムの解明への手助けに限定するのではなく,過去数十年間における科学・医学におけるいかなる進歩よりも,バイオテクノロジー産業の経済発展に本質的な影響を与える可能性がある。
 たとえわれわれが歴史上の多岐にわたるエポックとなる事象や発見を指摘し,“組織工学”の確立の道程について言及できたとしても,失われた組織機能を再生しようとする目的遂行のための試みは,物質科学と細胞生物分野の中でもこれに関連した分野の発達があって初めて可能となったのである。したがって,細胞生物学の進歩によって,大量の細胞を分離して,インキュベーターで培養するための酵素と培養添加剤の大規模な生産の結果,これらを購入することが可能になるまで,近代組織工学は現実可能なことではなく,その可能性すらなかったのである。現在では,発育を促進するためには生細胞を用いることの方が,走化性物質,成長因子,またはホルモンを投与するよりも,高度な組織機能の再生が図れるのは明らかなようである。事実,多くの異なった特定の組織から細胞を分離できるようになったのは,このほんの20〜30年である。今日でさえ,ある種の細胞については,その増殖はごく限られた成功例しかみられていない。
 レシピエントへ細胞を再挿入するという初期の方法は,かなり単純で,一般には不成功であった。細胞が手当たり次第に生着することを期待して,ばらばらな懸濁液としてまず注入された。
 組織工学の大規模な発展と応用のためのさらなる課題は,免疫学的障壁である。免疫学への理解が進展し,外来細胞を宿主が“自分自身”であると認識するようにだますことができるようになると,結果的に,同種移植片または異種移植片でさえ,移植によって機能的な組織を構築するのを可能とするかもしれない。歴史上の現時点では,残念ながら,どんなレシピエントの必要性にも適合するような,商業的に供給可能な細胞/ポリマーの構造の枠組みを構築するために用いることができるような普遍的なドナー細胞を開発するというのは,まだ夢物語である。
 生細胞から新たな機能組織を新生させるための真剣な努力を続け,ほぼ20年がたち,われわれはいくつかの基本的な概念を習得してきた。最も重要なことは,「母なる自然を軽視するのは愚かである」ということである。この点を踏まえ,多くの試みにおいて,自然を模倣した場合に,より高い水準の成功がもたらされてきた。われわれが科学的に理解している事象とは,生命システムの編成,発達,そして機能に関するあらゆる過程の中での,ごくわずかな部分でしかない。より近代的な仮説に基づいて,おびただしい数の理論が提示され,探究され,置き換えられても,ほとんどの生物的機構は,“ブラックボックス”として残されたままなのである。
 一時期,科学と医学的研究分野としての組織工学は,“反自然”と言われたことがあった。過去,数世紀の間,医師たちがどのようなことをしてきたかを実際に考えてみると,当たらずと言えども遠からずであった。疾病治療の基本前提は,自然治癒である。医療とは,治癒に最もつながるような環境を最適化することによって患者の生命機能を補助するだけである。基本的に医師は,人体の自然治癒に必要な酸素と栄養の供給を高めると同時に,害的要因を無効にしようとする。外科の基本理論は,好ましくない化学物質の供給源となる死んだ組織を除去し,害的な環境から組織を守り,創傷部位への血管供給を増進するような組織に近づけることである。組織工学においても,われわれは全く同じ到達点への達成を目指す。壊死組織と瘢痕組織が最初に切除される。死腔を除去されるように残存組織を適応させるよりも,創傷部位に属する生細胞は,構造的な刺激を与えることで,望むべく組織の形状と機能を指令する枠組みのように,残存組織が消失しないように配置される。科学者は医師や内科医とまさに同じ方法で環境を巧みに操作する。すなわち,不要な産物の排除と酸素の必要部所への供給を最適化しようとする。理想的な状態のもとでは,人体の自然治癒が可能となる。組織工学は,伝統的な治療で操作されているマクロ(肉眼的)な環境に対して,微小環境に焦点を当てて,研究されている。
 ごく最近の組織工学における重大な要素は,現在やっと十分に理解されてきたことであるが,使用する細胞をどこに求めるかという問題である。いくつかの研究によると,より未熟な細胞は,特定の組織にまで十分に分化した細胞よりも,でのより高度な増殖が可能である。完全に分化した細胞の増殖に対して,これらの未分化細胞や前駆細胞は,での数度の継代の後,分化し機能することを誘導できる。そしてそれらの細胞はまた,配置された環境中での目的として,特定の組織内に見いだされる多くの特殊な細胞へと分化する能力を有すると思われる。
 最後に,この分野の現在の限界を知り,組織工学に予見される関連分野の発展を理解することが重要であると私は考える。こうした分野が出現するたびに,われわれの期待はわれわれの能力と照らし合わせつつ広げていかねばならない。そうした観点で,最初の組織工学のヒトへの応用は,臓器全体を置き換えるというよりも,特定の臓器や組織の失われた機能を置き換えるという,構成成分的治療としての組織工学という概念を目標とすることがより妥当性を得ている。例えば,人工肝臓や人工膵臓の事例において,例えば,患者はある特定の酵素が欠損しているだけであったり,生命の維持に必要なホルモンや成長因子をつくる能力が欠けているだけかもしれない。おそらく,臓器全体というよりも,機能的な組織の主要部分だけが創られる必要性があるのである。これと同様に,ヒトへの応用における進展は,非現実的な希望を時期尚早に抱くよりも,この分野の科学の進展と並行してなされるべきである。 この分野における発展が,多くの病気の経過における治療に際して,目覚ましい進展を約束していると信じられている。発生生物学の成果がわれわれに及ぼす影響と比較すると,そのほんの一分野の結果が組織工学に見られるのであり,その一つの特殊な応用例が,ヒトの疾病治療ということかもしれない。
 結論として,組織工学を科学として十分な配慮のうえで系統的に研究することと,その応用についての研究を推進することは,新世紀へ向けて人類のために多大な恩恵を創出するものである。
Charles A.Vacanti
Preface to the First Editon 第一版への序文

 組織工学に関して,さまざまな見地からの個々の論文はたくさん存在するけれども,どれ一つとして,この新しく多岐の分野にわたる主題を十分に網羅している出版物はなかった。“Principles of Tissue Engineering”は,特定の器官を冒す疾患に対する組織工学の応用を示すと同時に,組織の成長と発生についての一般的な理解のための必要要素,組織と器官を設計するために必要な学術的情報と手段を一冊の正書に集約させている。われわれは本書を編纂するに際して,包括的な出版物の作成を試みた。すなわち,生物学,化学,材料科学,工学,免疫学,そして移植学等を含む組織工学に関連する学問間の多様性の中でバランスをとった記述を心がけた。その一方で,将来の医学に最も価値があるような研究分野により重点を置いた。
 組織工学が医学へ寄与できる奥深さと範囲の広さは驚異的と言っても過言でないほど大きなものである。米国だけでも,組織の喪失や末期的な臓器機能不全に苦しんでいる患者の治療のために,毎年5,000億ドル近くの資金が費やされている。400万人以上の患者が火傷や床ずれ,皮膚の潰瘍を負い,1,200万人以上の患者が糖尿病を患い,200万人を超える患者が長骨,軟骨,結合組織や,椎間板のような支持構造の欠陥や損失に苦しんでいる。組織工学の医学的適応疾患として上記のほかにも可能性があるのは,筋肉や角膜のように加齢によって機能障害に陥っている組織を置き換えることや,小血管・静脈・冠状動脈・末梢ステントの代用,そして膀胱・尿管・卵管の代用,不可欠な酵素やホルモン等,生物活性を有する分泌物を産生するための細胞の修復が考えられる。
“Principles of Tissue Engineering”は,生物学・医学・工学を研究する学生,細胞生物学やバイオテクノロジーを研究する学生,医学部の大学院生や卒業生のための教科書としてだけでなく,基礎・臨床研究所における参考書となるよう意図して編集されている。この本を生み出すには,編集者たちの知識をはるかに超えた専門的知識が必要であった。本書は魅惑的で重要なこの分野に対して先駆的役割を果たしてきた80人以上の学者と臨床医の,英知の集結の賜物である。われわれは,彼らの深い知識と経験が,この本で提示されているデータの深さと信憑性に,欠くことのできない重みを加えると信じている。そして彼らは記述の中で,組織工学というこの新しい分野の出現を可能にした期待と理解と興奮とを明らかにすることに成功したと思う。
Robert Lanza
Robert Langer
Williiam Chick
Preface to the Second 第二版への序文

 この本の初版は1997年に出版され,組織工学についての分かりやすい教科書として,たちまち評価を受けた。この版は,大学卒業レベルの学生,組織工学にとくに興味を持つ科学者・医師のための理解しやすいテキストとして役立ててもらおうと書かれたものである。多方面の専門分野の研究者たちのための参考図書としても機能するであろう。組織工学の歴史とそれに関する根本的概念を網羅すると同時に,ここ数年の組織工学の進歩と今日現存する手技の実情について,包括的な概要を示そうと思う。
 このような主題について多くの概説が著され,いくつかの教科書が出版されているにもかかわらず,どれ一つとして,この分野の定義,科学理念の記述,関与する相互の専門分野について,第一版ほど分かりやすく示せてはいないし,その応用についての論議と将来の工業や医学分野への影響の可能性についても包括的には述べられていない。
 最新の教科書が出版されたと知ったとき,特定の学問についての知識の土台が十分に発展されていて,改訂版が出版されるだけの価値があるかどうか,思案すべきである。組織工学の場合においては,初版が印刷されてからのこの分野における発展が著しく,それがとくに目立つ。専門家ですら,この発展に伴って知識がこれほど急激に増加するとは予想することができなかった。工学組織を産生するために現在用いられている種々の新ポリマーや材料は,専門的な適用性を支持するデータによって証明されているように指数関数的な発展を遂げている。細胞とバイオ素材の相互作用については,ほとんど毎日のべ−スで知識の増加が見られる。第一版が印刷されてからも,組織工学における幹細胞の使用に関して途方もない可能性が示された。胚性幹細胞での研究をしているグループもあれば,各組織には前駆細胞や完全に分化した組織に存在する各種特殊細胞に発展すべくすでに運命づけられている幹細胞が存在すると信じているグループもある。
 それらの発展と並行して,個人企業だけでなく,多くの専門分野に携わる医師の実践によって,組織工学の概念にかかわる非常に多くの“買いつけ’がなされてきた。このような興味が増大していくことによって,組織工学は5年前に予測できた範囲をはるかに超えて拡大し,ヒトへの臨床応用まで進めるという明確な応用を促進することとなった。
 この教科書には,数百人の世界的な科学者たちによる研究努力の結果が示されている。このテキストの発展は,ある意味で,この分野におけるすべての発展に対応し,進化しつづけるこの分野で示された科学的協力を真に反映するものである。
Robert P. Lanza
Robert Langer
Joseph Vacanti
再生医学〜ティッシュエンジニアリングの基礎から最先端技術まで〜


【原書編者】
 Robert P.Lanza,Robert Langer,Joseph Vacanti
【監訳代表】
 大野 典也(東京慈恵会医科大学教授・DNA医学研究所所長)
 相澤 益夫(東京工業大学学長・大学院生命理工学研究科教授)
【監訳】
 梅澤 一夫(慶應義塾大学教授)/田嶼 尚子(東京慈恵会医科大学教授)
 中村真理子(東京慈恵会医科大学助教授)/藤井 克之(東京慈恵会医科大学教授)
 このたび,東京慈恵会医科大学教授大野典也氏と東京工業大学学長相澤益男氏が監訳代表となり,再生医学の訳本が発行された。
原本は“Principles of Tissue Engineering”で米国のAcademic Pressが出版したものである.その編者はAdvanced Cell TechnologyのR.Lanza,MITのR.Langer,Harvard大学のJ.Vacanti氏の3人である.大野教授は私の仕事仲間であり,米国の編者のひとりLanger教授も2年に一度程度ハワイでの日米国際学会でお会いしている親しい友人なので,本書が身近なものに感じられる.なお,“Principles of Tissue Engineering”を「再生医学」とした点にやや違和感を覚える読者もいようが,内容を拝見すると再生医学というタイトルに問題はなく,むしろわかりやすいように思う。
 さて,いま日本では国,大学,他の研究機関,企業で,再生医学・医療の研究開発が力強く進んでいる.再生医療に関するニュースが少なくとも週1回は4大新聞に出ないことはないことからもよくわかる.私も昨年1月から就任した文部科学省大臣政務官として21世紀の医療の中での再生医療の重要性を説き,今年度,再生医療にかなりの額の予算をつける努力をしたつもりである.ご存知のように本学会も一昨年学会名を日本炎症学会から日本炎症・再生医学会と改編し,改編後の第1回総会も昨年成功裡におわっている。
 日本における再生医学の研究やその進歩をかなりよくわかっている方は多いと思うし,私もそうであるが,果たして外国ではどこまで再生医学が進歩しているのか気になることが多いであろう.本書の原本は2000年(大きく改訂した第2版)に出版されたものであり,内容は1999年までの仕事の紹介が多い.その後の進歩も急激なものであるが,それらも本書をみるとなんとなく予想がつく。
 また本書は米国では教科書として扱われているそうである.他の分野でも同様であるが,米国の教科書はまことにすみずみまで詳しく正確に書かれているものがあり,本書も例外ではなさそうである.そして著者はHarvard大学,MITなどの米国の学者を中心として,それに西欧の専門家が連ねており,米国と西欧の最新の研究成果の解説が行われていると考えてよいと思う.約1,000ページとかなり厚い本なので全部読むわけにはいかないが,いま私が関係している増殖因子,免疫学的修飾,角膜,脊髄損傷などの箇所を読むと,すでにこのようなことまで十分研究されているのかということがわかる.日本において専門家に聞いたり,文献調査してもなかなかここまでの情報は得られない. みなさまの参考までに大目次を羅列してみると以下のとおりである。
 組織工学入門,増殖と分化の基本,組織発生のin vitro調節,組織と器官のin vivo合成,組織工学のモデル,組織工学におけるバイオマテリアル,作製された細胞や組織の移植,胎児組織工学,遺伝子治療,乳房,心血管系,角膜,内分泌学と代謝,消化管系,造血系,腎泌尿生殖器系,筋骨格系,神経系,歯周と歯科への応用,皮膚,子宮,規制の論点である。
 最後に気がついた主な問題点としては,分厚く翻訳が大変であったことからやむを得ないことであろうが,結構高価なことがまず一つである.また先に述べたように,2000年の多くと2001年の研究はまったく載っていないことが2点目であろう.しかし,上に述べた種々の有益な点が多く,産学官を問わず,現在,再生医学・医療に関係した研究開発を行っているグループには,ぜひ1冊購入されることをお薦めする.再生医学・医療の進歩は速く,購入なさる方はなるべく早く購入されるとよい.おそらく出版社に連絡すれば試読本を提供してもらえると思う。
水島 裕(日本炎症・再生医学会名誉理事長,聖マリアンナ医科大学名誉教授)
(日本炎症・再生医学会誌 炎症・再生vol.22 2002年5月掲載)
再生医学〜テッシュエンジニアリングの基礎から最先端材料まで

監訳代表 大野典也・相棒益男,發行所 株式会社エヌ・ティー・エス,頁数 927,価格 ¥63,000
 本書は2000年に改訂発刊された R.P.Lanza,R.Langer及びJ.Vacanti共編によるPrinciples of Tissue Engineeringの翻訳書である。再生医学と云えば化学工学の領域にある研究者や技術者にとつては一見縁遠い存在とも考えられるが本書の内容は決してそうではなく,先端材料工学の一分野と見て頂きたい。原著は「大学卒業レベルの学生,人体組織工学に特に興味を持つ科学者・医師のための理解しやすいテキストとして」編纂されたものである。21編65章よりなり,概論としては,人体組織工学の発展の歴史,基本概念,応用の現状,将来の展望などについて記述され,また各論では心臓血管等の循環系,角膜,消化器及び消化管,造血系,腎泌尿器,筋骨格系,歯材等,多様な分野に跨る人体組織に関連する学際的課題を平易に解説した力作である。特に第4編組織工学のモデル及び第5編組織工学におけるバイオマテリアルでは医学的考察法や解析法と工学的取り扱いの相違点や類似点がみられ,また再生材料としてポリマーがいかに広範に利用されているかが展望できてまことに興味深い。ただ原書の第2版(2000年)が第1版(1997年)の改訂版として發刊される際に関連技術の急速な進展を反映させるためかなりの修正がなされた模様であるが,近年特に注目を引いているナノ材料ノ記載があまり見あたらないのは淋しい。人体組織の先端材料の開発に携わる研究者にとって今後どのようような材料が組織再生に必要であるかを本書の記述の行間から読みとり,これを材料開発のニーズの発掘につなぐことが出来れば,本書の価値は計り知れない。先端材料の研究開発に携わる機関に是非備えたい本である。
(三菱総合研究所 目崎令司)
(化学工学vol.66 No.5 2002年5月掲載)
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